告知はしなくてもいい?

2009年08月23日18:35

先日、80代のおばあちゃんが緩和ケア病棟で亡くなった。
彼女は自分が、がんであることを知らなかったが、
もう年だから、そろそろお迎えが来ると思う、と言っていた。

20年前は、がんの患者さんに、
あなたはがんですと告知することはほとんどなかった。
しかし、今は積極的にがんであることを告知するようになった。

しかし、実際にはまだまだ告知率は高くない。
ましてや、末期がんであるという告知は、ぐっと少なくなる。
末期がんであると言うことは、
一般的には、もう治療法がないと言うことを意味している。
そんなことを積極的に言うのは、やはりはばかられるものだ。

もちろん、きちっと言ってあげるべき患者さんはたくさんいる。
しかしその一方で、告知をするぞ、なんて
肩肘を張らなくてもよいのではないかと思う患者さんも多い。

特に80代以降の高齢の患者さんはそうだ。
がんだろうが、がんでなかろうが、
それなりの年齢なのだから、もしかしたら死ぬかもしれない
ということは、ある程度察しがつくものだ。

そうであれば、敢えてがんだと言うことを言わなくても、
「年も年だから、もしかしたらということはあるかもしれませんね」
と、言ってあげるだけでも十分ではないだろうか。
結果として、自分はそう長くは生きられないかもしれないという事実が、
本人にそれなりに伝われば、それでよいのだ。

先日亡くなった80歳のおばあちゃんもそうだった。
「わたしゃ、もう、あかんと思っとる」
こんなことを、普通に言っていたし、私も否定しなかった。
それで、十分にかかわりは持てていた。

よくしゃべる患者さんだったが、言うことも面白かった。
「毎晩、ナンマンダ~って言いながら寝とる。
そうすると、すぐに寝られるんじゃ、これが」
つい、笑ってしまったが、
彼女にとっては、大まじめな話だ。
もしかしたら、すでにあの世に行く準備を整えていたのかもしれない。

彼女は入院してから、ずっと帰りたいと言っていたが、
家の人の都合もあり、なかなか帰れなかった。
しかし、念願かなってお盆の時に二日だけ家に帰った。
彼女は、さぞかしうれしかったことだったろう。

再び病院に戻ってきたが、
それまで元気でよくしゃべっていた彼女が、
帰ってきた次の日から寝たまま、なかなか目を覚まさなかった。
うわごとにように、ありがとう、という言葉をつぶやいていたが、
そのまま、すーっと天に召されていった。

まさに大往生とはこのような亡くなり方だなと思った。
家に帰る前までは、その数日後に亡くなるとは夢にも思っていなかったのに。
やはり、彼女は知っていたのだろう。そろそろ、お迎えが来ることを。
だから、毎日「ナンマンダ~」と言いながら眠りについていたのだ。

人は、自分にはそろそろお迎えが来るということを
自ずと悟るのかもしれない。
それが自然なようにも思える。
敢えて、告知などしなくても。
そんなことを思わせてくれた患者さんだった。

テーマ :
ジャンル : 心と身体


プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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