患者さんの死と距離感

2011年07月28日05:59

私はこの8年間で1,000人以上の患者さんを看取ってきました。
毎月10名以上が亡くなる計算になります。
こんなに多くの患者さんの死を経験して
気分が滅入りませんかとよくたずねられるのですが、
実際には、皆さんが思っているほど気持ちは落ち込みません。

一般的に死は人生における最も大きな悲しみのひとつでしょうから、
それが頻繁にあれば、当然気分も滅入るだろうと思うのでしょう。
もちろん、つき合いが長かった患者さんや親しくしていた患者さんは
確かに悲しい気分になります。

しかし実際には入院して2週間以内に亡くなる患者さんが
4割近くを占める病棟においては、
あまり深いつながりが持てないまま
亡くなってしまう方の方が圧倒的に多いのです。

またこれだけたくさんの患者さんの死に対して
毎回落ち込み、気持ちを引きずっていたら
正直言って仕事になりません。
冷たいように思うかもしれませんが、
仕事としての割り切りがある程度は必要だと思います。
つまり、ある程度の距離感を持って
患者さんとかかわっていくということが大切だということです。

ただ、この距離感がありすぎると、
全くの赤の他人とかかわっているようになってしまいますし、
逆に距離感が近すぎると「巻き込まれる」という状況になってしまいます。
巻き込まれるというのは、よい意味でも悪い意味でも、
患者さんに対する思いが強くなり過ぎてしまう状態です。
何とかしてあげたいという思いはよいのですが、
時にはそれが恋愛感情にまで発展することもあります。
逆に悪い意味では怒りやイライラ、
もう顔も見たくないという思いすら出てきます。

いずれの場合も自分自身をコントロールできなくなっているという意味では
同じ「巻き込まれている」状態になっているということです。
ですから患者さんが亡くなり、
気持ち的にずっと尾を引くような状態だったならば
これは明らかに巻き込まれている状態になっているということなのです。

たとえ巻き込まれても、
その患者さんに思う存分尽くしてあげることができたならば、
それはそれでよいのかもしれません。
しかし、その結果として落ち込み、仕事に差し支えるようでは問題です。
もっとも、よほど身近な人か、かなり思い入れの強い患者さんでない限り、
そのようなことはあまりないとは思うのですが…。

一方、身内の死は結構ショックを受けることが少なくありません。
親、兄弟、子どもなど、そのつながりが強ければ強いほど
ショックや落ち込みも大きいものです。
そのつながりの強さは、数ヶ月のかかわりしかなかった患者さんとは
雲泥の差があるのは当然のことです。
だからこそ、身近な人が亡くなれば気持ちが沈むのも当たり前なのです。

つまり、身内の死と患者さんの死は自ずと次元が異なるものなのです。
つながりの強さからいってもそれは当然です。
患者さん一人ひとりに対しても、自分の身内と同様な思いでかかわるというのは
理屈では理解できても、現実的には不可能なことです。
逆に、そのようなことをしたならば
月に10人以上もの親兄弟を亡くすのと同様な状況にさらされることになり、
とても仕事を続けていけるような状態ではなくなってしまうと思います。

患者さんにできるだけのことをするというのはとても大切なことだと思いますし、
死という、その人の人生の最後の時に、
敬虔な思いでかかわることも、とても大切なことだと思います。
しかし、そこに感情移入をし過ぎてしまい、
自分自身が落ち込むほどの状態になってしまうというのは、
決してよいかかわりだとは思いません。

だからこそ、どんな患者さんに対してもある程度の距離感が必要なのです。
それが、患者さんとの適度な関係を保ちながら
いい状態でのかかわりを続けるためのコツだと思っています。
私はそう考えています。

テーマ : モノの見方、考え方。
ジャンル : 心と身体

患者さん思いに寄り添うことの是非

2011年06月20日19:47

先日、ある食道がんの患者さんが亡くなりました。
前の病院で、これ以上の治療は困難との判断のもと
当院の緩和ケア病棟に入院された患者さんでした。
しかし本人も家族も、まだあきらめてはいませんでした。

病状がどうであれ、本人や家族が治療に対する期待感を強く持っている限り、
私はできる限り治療的かかわりを持つことにしています。
そうは言っても、当然のことながら手術や抗がん剤はできません。
では何をするのか、それは代替療法です。
この患者さんの場合は丸山ワクチンとビタミンCの大量療法を始めました。
それ以外にも本人は健康食品を摂っていました。

入院当初はまだ比較的元気でしたので、みんな大きな期待感を持っていました。
「CTを撮って下さい、どれくらいがんが小さくなっているのか知りたいので」
この言葉からもわかるように、これだけの治療をしているのだから
よくなるのが当たり前だという思いがこの家族にはありました。

もちろん現実はそう甘いものではありません。
要望通りCTを撮ったところ、がんは以前より少し増大していました。
こんなに一生懸命治療をしているのに、
どうしてよくならないのかとたずねられた時には、
少々返答に困ってしまいました。

「患者さんの体力や生命力、自己治癒力が一番大切なので、
それらが十分に力を発揮できる状態でないと、
治療にもあまり反応してくれないのかもしれませんね」
そんな説明をその時にはしました。

本人は次第に食事が入らなくなってきました。
食事が入らなければ、がんと闘う力も衰えてくることはよくわかっていたので
家族は必死になって食事を食べさせようとしていました。
しかし食べられない食事を、無理に食べさせられるのは辛いものです。
「誤嚥の心配もあるので、本人のペースで食べてもらってください」
そう言ったのですが、食事の絶対量が少ないことを家族はひどく心配し、
「先生、食べられないのであれば、普通の点滴でではなくて
もっと栄養のある点滴して下さい」
家族は私に、そう懇願してきました。

現在の病状を見るにつけ、これ以上の点滴をすることに
私はあまり気が進みませんでした。
しかし本人も点滴を希望していたため、鎖骨下にある太い血管から
高カロリーの点滴を開始することにしました。

その一方で、痛みや吐き気といった症状もあったため、
それに対してもモルヒネなどの薬剤でコントロールしていました。
しかしながら痛みのコントロールがなかなか上手くいかず、
薬の量もずいぶんと増えていってしまいました。

ただ、本人の希望することは可能な限り受け入れました。
神経ブロック、食道拡張術、前医へのセカンドオピニオン?など
次から次へと要望が出されました。

あるとき、たまたまテレビで紹介された東京の名医を見て、
家族はすぐさまその病院に連絡し、
早速行くつもりになり、紹介状を書いてくれと言ってきました。
本人が東京まで行けるわけがなく、そのよう名医であれば
関西にもたくさんいるのでそちらを紹介しますと言いました。
それでも妻は一人でもいいから東京へ行きたいと言っていましたが
患者本人が行かなくてもよいと言ってくれたので、
結局、この話はなくなりました。

その後もがんを何とかしたいという家族の思いは変わらず、
前医からは危険だからできないと言われた放射線療法も、
死んでもいいからやってほしいとのことだったので、
放射線科の医師と相談し、やることにしました。
放射線科の先生からも危険性が高いことや
がんを治すことはできないという説明を受けたのですが、
とにかくやってもらいたいという思いが強く、
説明の内容はあまり理解されていないようでした。

その後も病状はさらに悪化、血圧も60台にまで低下してきました。
そのため放射線療法も途中で中止せざるを得ませんでした。
また、意識もややもうろうとなっており、そのせいか
鎖骨下に入っていた点滴のチューブを夜間に勝手に抜いてしまいました。
このような状態の患者さんに高カロリーの点滴を続けることは、
かえって身体の負担になると考えていた私は、
これは高カロリーの点滴をやめるよいチャンスだと内心喜びました。

ところが家族は、栄養を入れなければ死んでしまう!と思っていたため
再度、太い血管からの点滴をして欲しいと言ってきたのです。
ここは家族と話し合う必要があると考え、
最終的な妥協案として、200カロリー程度の点滴を
持続的に皮下からするということでこの問題は一段落つきました。

いよいよ意識も低下し、ほとんど血圧も測れない状態になった段階で、
今度は、家に帰してあげたいと言い始めたのです。
この状況で家に帰すことは物理的には不可能ではありませんが、
点滴の管理などで家族がひどく困ることは目に見えていました。
第一、亡くなったときに誰が死亡確認をするかが決まっていないと、
結局、また病院に連れてくるか、検死になってしまうことになるのです。
ですから、往診の医者の確保や訪問看護の手配などの準備がすべて整うまでは
退院してもらうわけにはいきませんと話しました。
そんな話しをすると、さすがに帰るのは困難だと思ったのでしょう、
それからは帰りたいとは言わなくなりました。
その後はずっと患者さんの傍にいて、
手を握ったり、感謝の言葉をかけたりしていました。

それから数日後、この患者さんは静かに天に召されていきました。
呼吸が止まったとき、
早く心臓マッサージをしてほしいと言ってくるのではと思っていましたが
思いのほか家族の反応は穏やかでした。
帰る際も、本当にお世話になり、ありがとうございましたと、
感謝の言葉を口にして病院をあとにしていきました。
最後の最後で現実を受け入れてくれたんだなと思えた瞬間でした。

このような患者さんは時々います。
特に代替療法に熱心な患者さんに多く見られます。
それだけ何とかがんばりたいという思いで必死なのです。
その思いは大切にしたいと思いながらも、
その一方で、あまり無理はしたくないという気持ちも私にはあります。
どこまでは患者さんや家族の意向により沿い、
どこまではある程度の軌道修正を求めるかは、
まさにケースバイケースといったところです。

患者さんは、状態が悪くなるにつれ、
もうここらでよしとしようという思いを持つことができるものですが、
家族の方はなかなかそうは思えません。
患者さんが嫌だと言っても、無理矢理にでも何かしたいと思うのです。
そんな時、気の毒なのは患者です。
ですから、そんなときは少し軌道修正をしてもらえるように家族と話しをします。

患者さんや家族の思いに寄り添うことは大切ですが、
ある時点で、多少の軌道修正を促すことのも大切であることを
この患者さんを通して再認識させられた気がしました。

テーマ : 気付き・・・そして学び
ジャンル : 心と身体

がんの自然寛解(かんかい)と心の治癒力

2011年05月31日15:07

先日、ある患者さんが久しぶりに外来に来てくれた。
前回が去年の2月だったので、約1年半ぶりになる。
毎回これくらいの頻度での外来受診だ。
彼は80代の肝臓がんの患者さんで、
拙著「緩和医療と心の治癒力」にも少しだけ登場する人物だ。

彼は、10年前に肝臓がんが見つかり手術をするも再発、
4年前に再手術するもその数ヶ月後には再々発。
その段階ですでに肝臓には十数個の腫瘍があり、
もうこれ以上の治療は困難と診断されたため、
3年半前に私のところを訪れた患者さんだ。

その時、AFPという腫瘍マーカーは3,217とかなりの高値を示していた。
しかしその後、なぜか腫瘍マーカーは下がり始め
2ヶ月後には300代へ、1年後には100代へ、
2年後には70代にまで下がり、今回も同じ程度で推移していた。

その間、CTやエコーも何度か取っているが、
十数個あった腫瘍はきれいになくなり、
今も画像的にはがんの存在は認められない。
もちろん本人は元気であり、ごく普通の生活を送っている。
私が緩和ケアで診ている患者さんの中で、
今も生存している二人の自然寛解患者さんのうちの一人だ。

なぜがんが消えてしまったのか、はっきり言ってよくわからない。
私が何かアドバイスしたわけでも、特別なことをしたわけでもない。
ただ、今どんなことに取り組んでいるのかを聞いてみただけだ。
その時彼は、当時していたいくつかの取り組みについて教えてくれた。
そのひとつが呼吸法だった。これは以前から関心があったようで、
今でも毎朝欠かさずやっているとのことだった。

それに加え、当時はヨガや食事療法もしていたが、
今は、ヨガはしておらず、
食事療法もにんじんリンゴジュースを飲み、
肉類は少なめにしているといった程度の軽めのものだ。
また、障害者施設でのボランティア活動もしており、
これは今でも週に1~2回は行っているとのことだった。
その他にサプリメントも数種類飲んでおり、これも続けていた。

私は、がんの自然寛解には心の状態が極めて重要だと思っているが、
では、どのような心の状態が自然寛解をもたらすのかと言われると、
実はこれがよくわからないとしか言いようがない。
前向きな気持ちとか開き直りの気持ち、明るさ、喜びといったような
そんな単純な言葉でくくれるようなものでないことだけは確かだ。

少なくとも彼を見ている限り、
今まで見てきた自然寛解の患者さんとは明らかにタイプが異なる。
彼は当時、がんに対する不安感を強く持っていたし、
前向きだとか開き直っていたというわけでもなかった。
不安を抱えながらも日々の生活を自分なりに送っているだけだった。

先日会った時も、当時とあまり変わった様子はなかった。
とても温和な面立ちをしているが、どこからどう見てもごく普通の人なのだ。
どこに、がんを消し去るほどのそんなエネルギーが隠されているのか、
彼に会うたびに考えてしまうのだ。
でも、今回はふと思ったことがあった。
もしかしたら、自らの意志で真剣に何かに取り組むという純粋な姿勢が、
心の治癒力を発揮する原動力になっているのではないかと思ったのだ。

彼は今でも呼吸法だけは続けていると言っていた。
私は、毎日それに真剣に取り組むその姿勢や思いが、
自己治癒力を次第に活性化させるのではないかと思ったのだ。
同時に、呼吸という、宇宙や大自然と己をつなぐ、
極めてスピリチュアルな営みそのものが、
身体や心、さらには魂にも
何かしらの影響を及ぼしていることも考えられる。

さらに、以前から気になっていたのは
障害者施設へのボランティア活動だ。
これもずいぶんと前からしているようだが、
このような施設へボランティアに行くというのは
少しでも障害者のために何かをしてあげたいという、
見返りなど期待しない無償の愛のような、
そんな純粋な思いがあるからこそできるのではないのだろうか。

このように、何かに一生懸命取り組むという姿勢は
明るさや喜びといった、きらびやかな心の状態よりも
もっと強いエネルギーを持っているのかもしれないと思った。
彼はとても温厚で穏やかな雰囲気を持った人だが
がんを消し去るほどのエネルギーを持っているのは事実なのだから、
その原動力は何なのだろうかと考えた場合、
もしかしたらこの純粋な真剣さなのかもしれないと
今回、彼と外来で話しをしながら思ったのだ。

いずれにせよ、本当のところはどうなのかわからない。
心の治癒力だけですべてを説明しようとすることに無理があるのかもしれない。
でも、それでよいのだ。わからなくてもよいのだ。
あれこれ考えるだけでもよいのだ。
そもそも、心というものは摩訶不思議な存在であり、
理論理屈で理解できるようなものでもないのだ。
だから面白いとも言える。

また来年、忘れた頃に彼は私の外来に来てくれるだろう。
その時もまた、同じようにたわいもない話しに花を咲かすことだろう。
結局、なぜ彼のがんが消えてしまったのか
最後までわからないままかもしれない。
でも、それでいっこうに構わないと思っている。
心はそんな単純なものではないのだから…。

テーマ : 心と身体
ジャンル : 心と身体

痛みに対する心へのアプローチ

2011年02月17日16:26

先月、カウンセリングルーム「ひまわりの部屋」の
森津純子先生とお会して色々なお話をお伺いしてきました。
自分から人に会いに行くという経験は本当に久しぶりでした。

彼女は、以前キリスト教系と仏教系の両方の病院で
ホスピス医として働いていた経験を持っており、
その後1997年に独立し、
カウンセリング専門の診療所「ひまわりクリニック」を開業しました。
今年からは「クリニック」という名称も取ってしまい、
一般のカウンセリングルーム「ひまわりの部屋」として、
日々、様々な人の悩みに耳を傾けています。

私は以前、本などを読んでこの人に会いたいと思うような人がいたら
すぐさま連絡を取り、よく会いに行っていました。
なかなか会えそうでない人でも、是非会いたいという思いを持っていると
何故か会えるチャンスが訪れるのです。
例えばキュ―ブラ・ロスやアンドルー・ワイル、カール・サイモントン、
フリッチョフ・カプラ、ライワル・ワトソンなどがそうでした。
どの人たちも意図して会ったのではなく、
偶然の導きのような形で出会うことができました。
キュ―ブラ・ロスとは名古屋の喫茶店で話をし、
アンドルー・ワイルとは福岡の居酒屋さんで、
カール・サイモントンとは京都の居酒屋さんで酒を飲み交わしました。

ところが、自分も本を書くようになった30代の終わり頃から、
こちらから会いに行くということはめっきりなくなってしまいました。
年を取るにつれ、純粋な気持ちが薄れてきたのかもしれません。
でも今回は彼女の本を読んで、久しぶりに会ってみたいと思ったので
アポイントを取って東京まで森津先生に会いに行きました。

彼女はホスピス医と心療内科医という二つの肩書きを持っているのですが、
これは私と一緒であり、その点はとても親しみが持てました。
実は、私は以前から今の緩和ケアのあり方に違和感を覚えていたのですが、
彼女と話しをしたら、私のこの漠然とした違和感を解消するための
何かヒントがもらえるのではないかと思ったのです。

緩和ケアは、がん患者さんの苦痛を取ることが主な目的ですが、
そのさい、モルヒネをはじめとするたくさんの薬を使います。
私は心療内科時代から薬で症状を取るという発想が
あまり好きではありませんでした。
ところが緩和ケアに来ると、相手は末期のがん患者さんばかりです。
がんの痛みに対しては当然モルヒネなどの薬を頻繁に使います。
痛み以外でも、症状があればすぐ薬を使って抑え込みます。
少しでも楽になってもらうことが主目的ですので
そうせざるを得ないことはわかっていながらも、
どこか抵抗を感じずにはいられなかったのです。

ところが森津先生にその話をしたところ、
彼女は心へのアプローチをすることで
がんの痛みも取ることができると言うのです!
これは目から鱗でした!
私は心療内科にいたとき、よく慢性疼痛の患者さんを診ていました。
何年もの間、どんな薬を使っても痛みが取れず、
にっちもさっちもいかないような患者さんでも
心の治癒力をうまく引きだすというアプローチをすることで、
痛みが消えるという経験をたくさんしてきました。
しかしそれはあくまでも慢性疼痛の患者さんであり、
同様のアプローチががん性疼痛にも通用するとは思ってもみませんでした。

しかし彼女は、いくらモルヒネを増やしても
痛みが取れないような患者さんに対して、
痛みの意味やメッセージに気づいてもらうような対話をすることで
信じられないほど痛みが軽減したという経験を多々しているのです。
実際、大量のモルヒネを使っていた患者さんで、
ほとんど薬がいらなくなった症例もあるというのです。

これは一般の人にとっては信じられないことかもしれませんが、
がんですら消してしまうほどの力を持っている心の、
その秘められたエネルギーのすごさをよく知っている私にとって、
この話しはすんなりと入ってきました。

今まで私は、がんの痛みはモルヒネを使わないと取れないと思っていました。
これは緩和ケアでの常識です。
逆に心へのアプローチをすればモルヒネはいらなくなるなどと言えば、
確実に非難され、異端視されるのは明らかです。
実際、彼女もずいぶんと看護師さんとぶつかったようです。

でも、がん患者さんの身体症状であったとしても、
上手に心のアプローチをすることによって
薬をゼロではないにせよ、かなり減らすことができるとしたならば
喜ぶ患者さんは少なからずいるでしょうし、
そこには緩和ケアの新た可能性が見えてくるような気がするのです。
こんなことを考えるだけでも、私はとてもワクワクします。

森津先生は痛みの意味に気づいてもらうというアプローチをしていましたが、
すべての患者さんにこの方法が通用するとは思っていません。
もちろん従来のようにモルヒネが必要な患者さんもたくさんいます。
ですから今後どのようにして心へのアプローチと薬物療法を統合していくかが
これからの大きな課題になっていくと思います。

今回、久しぶりにエキサイティングな話しができる医者に出会えて、
私自身もとてもエネルギーをもらうことができました。

テーマ :
ジャンル : 心と身体

自分の死を受け入いれるために

2011年01月28日07:12

先日、看護師を対象とした緩和ケアに関する講演をしました。
いつも似たような話をするのですが、しかし話しをする度に、
毎回「あっ、そうなんだ」と新たな気づきや発見があります。

今回の新たな気づきは、緩和ケアに対するイメージについてです。
緩和ケア、特に緩和ケア病棟に対するイメージは
医療者と患者とでは大きく異なります。
医療者は苦痛なく過ごせるとか、精神的なケアもしてもらえるというように
安らぎのときを過ごすことができるようになることを強調します。
一方患者さんはと言うと、緩和に行ったらもうお終いだとか、
見放された人が行くところだとか、
すべてをあきらめなくてはいけないといった
とても悲観的で暗いイメージもっている場合が多いのです。
医療者と患者さんとではどうしてこうもイメージが異なるのか、
スッキリした説明ができずにいました。

ところが今回この疑問が解けたのです。
それは、医療者は患者さんが亡くなることを前提に考えているのに対し
患者さんは、生きることを前提に考えているからなのです。
つまり医療者にとっては亡くなるのが前提なので
治療なんかしてもあまり意味がないと思っているし、
残された時間もそう長くはないと考えているので、
少しでも安らかな時間が過ごせるよう力を注ごうと思うのです。
しかしどんなに優しい言葉で語り、どんなに穏やかな態度で接したとしても
その前提には患者さんの死というものが、
厳然たる事実として存在しているのです。

それに対して患者さんの方は生き続けたい、まだ死にたくない、
あきらめたくないと思っている人が少なくありません。
もちろん自分の死を受け入れている人や
もう年だからあとはお迎えを静かに待っているという人もいますが
若い人や死への恐怖をもっている患者さんなどは
やはりまだ死にたくない、生きていたいという思いを強くもっています。
つまり彼ら彼女らは生きることが前提にあるのです。
だからこそ、死を前提に考えている緩和ケアには
どんなに美辞麗句を並べられてもやはり抵抗をもってしまうのです。

ではこのような患者さんにはどのようにかかわったらよいのでしょうか。
それは患者さんの「あきらめたくない」という思いを
大切にしたかかわりを続けていけばよいのです。
患者さんは最初から死を前提に考えることなどなかなかできませんが、
医療者が生きることを前提としたかかわりをしてくれるならば、
そこには微かな期待や希望をもって生きることができます。
しかし実際には、病状は次第に悪化していくので、
嫌でもその現実を見ざるを得なくなってきます。
そのような、生き続けられるかもしれないという期待感と、
病状の悪化という現実の狭間で
少しずつ自分の死というものに目を向けざるを得なくなり、
最終的には自分の死を受け入れられるようになっていくのです。
もっと正確に言うならば、死を受け入れざるを得なくなっていくのです。

今年の1月20日にアンビリーバボーで放映された
山本順子さんと愛娘のりなちゃんとの話はとても感動的でした。
アロマセラピストの宮里さんが彼女にかかわり、
「りなちゃんきいて」という絵本を出版し、
それを全国の緩和ケア病棟に配布したのがきっかけとなり
様々なところで取り上げられ話題となりました。
その彼女が亡くなるちょうど2ヶ月前に、
宮里さんらに連れられて私の外来を受診してきました。

外来のベッドに横になりながら話をしていたのですが、
そのときもまだ、生き続けることをあきらめていませんでした。
彼女は免疫療法をやりたいと言っていたのですが、
これは一回30万円くらいのお金がかかる治療法なので、
とりあえずそのことを本人に確認すると
そのために貯めていたお金があるので大丈夫だと言うのです。
一緒に来ていたケアマネージャー?は、
そんなものに無駄金を使ったらもったいないと言わんばかりに
怪訝そうな顔で私たちのやりとりを見ていました。

結局、彼女は免疫療法を受けたのですが、
残念ながら効果はありませんでした。
その後状態はさらに悪化してきたため、
最終的には神戸にある緩和ケア病棟に入院することになりました。
30代の彼女が4歳の娘さんを残して死ぬなんて
到底受け入れがたいことだったと思います。
でも彼女は生き続けるための努力をする過程の中で、
次第に現実を受け入れ始めていったのではないでしょうか。

生き続けたいという思いをもちながらも、
その一方で、りなちゃんへのメッセージカードを作り始めました。
自分の死を自覚し、娘さんに残すビデオメッセージも撮りました。
しかし、末期がん患者さんの倦怠感を取るために通常使うステロイドは
免疫力が下がるからという理由で最後まで使いませんでした。
彼女の生き続けたいという思いが、そうさせたのだと思います。

彼女は生きることを前提に考えていたからこそ、
免疫療法も試みたし、ステロイドも使わなかったのでしょう。
死ぬことを前提に考えていたならば、そんなことをする必要はありません。
しかし誰の目から見ても彼女の命がそう長くないだろうことはわかりました。
当然自分でも、それはある程度自覚していたと思います。
だからこそ、りなちゃんへのメッセージを色々残したのです。
つまり彼女は、生きることを前提に考えながらも、
病状が次第に悪化していく状況の中で
自分の死という現実を少しずつ受け入れていったのです。

もしも死というものを前提にして考えるならば、
もっと現実を直視し、死を受容してもらえるような、
そんなかかわり方をすることも可能だったかもしれません。
効果がないであろう免疫療法などに無駄金を使うくらいなら、
ステロイドを使ってもっと身体を楽にすることを考えたらどうかと
説得するよう話すこともできたかもしれません。
しかしそのような死を前提とした話しや対応の仕方は、
彼女の「まだあきらめたくない」という思いを
ややもすれば「絶対あきらめない!」という
頑なな生への執着へと変貌させてしまうことになっていたかもしれません。
逆に、本人の生きたいという思いを大切にするかかわりをしたからこそ、
彼女も現実に目を向け始め、
少しずつそれを受け入れることができたのではないでしょうか。

緩和ケアの場合、医療者はどうしても
死ぬことを前提に患者さんのことを考えてしまいます。
実際にそれが問題になることはほとんどありませんが、
少なくとも患者さんが、生きることを前提に物事を考えている場合には
その思いを大切にしながら患者さんとかかわっていくという、
そんな姿勢が医療者にも必要なのではないでしょうか。
それが、患者さんに現実を受け入れてもらえるための
一番自然なかかわりではないかと私は思っています。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体


プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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