「永遠のゼロ」を読んで

2013年05月24日19:15

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誰のために生きるのか?
これがこの本のテーマです。
自分のためか、家族のためか、
人のためか、国のためか‥

この本は戦争を題材にした小説であり、「ゼロ」とは零戦を意味しています。
「必ず生きて帰ってくる」と妻と約束し、戦場でもそう言い続けていた男が
終戦直前、零戦に乗りこみ特攻隊員として命を落とすのですが、
その孫が当時を知る人たちと直に会って話しを聞き、
最後にある真実が明らかになるという設定です。
600ページにもわたる長編小説ですが、
読み進めていくうちにどんどん引き込まれ、
最後は涙なくしては読めなくなってしまいました。

ここで小説の内容を書くつもりはありません。
是非読んで頂き、涙を流して頂ければと思います。
12月には映画も公開されるようですので、
これも是非見ていただきたいと思います。
私も見ます。

今回は、誰のために生きるのかということについて考えてみました。
と言っても、これはそう簡単なテーマではありません。
小説を読みながらあれこれ考えていました。

自分のために生きるのが当たり前だと言う人も多いと思いますが、
これはある意味、当然のことだと思います。
自分の人生であり、自分の命ですから誰も文句は言いません。
しかし、そう思って生きている人は
若いうちはそれなりにバリバリやっていけるかもしれませんが、
いずれ家族や周囲の人から見捨てられ、
晩年は孤独に過ごすことになるかもしれません。

家族のために生きると思っている人も多いと思います。
そんな人は、ごく平凡かもしれませんが
幸せな家庭を築けるのではないでしょうか。
もっとも、家族のためと思っていても、
それがいつの間にか、子どものためにと変わることもあるでしょう。
最初はそう思っていても、離婚する夫婦もたくさんいます。
家族のために生きるという思いを持ち続けるのは
意外と難しいのかもしれません。

会社のため、仕事のために生きるという人も少なくありません。
かつて企業戦士と言われた人たちや会社のトップに立つ人たちは
少なくともそのような気概がないとやっていけません。
でも、そんな人たちは定年退職後、よりどころをなくし
うつになる人も少なくありません。
会社や仕事だけにすがるのは限界があるような気がします。

人のために生きるというのはどうでしょう。
これはなかなか立派な志だと思います。
多分、みんなから尊敬され、感謝もされることでしょう。
その人がそこに大いなる喜びを感じているのであれば最高です。
ただ、自己犠牲的になってしまう傾向にあるのは問題かもしれません。

地域や社会のために生きている人もいます。
この人たちの奉仕精神もすばらしいものがあります。
ただし時間やお金に多少の余裕がないとできないかもしれません。
中には、人から頼まれて嫌だと断れないのでやっているという人もいるでしょう。
がんばりすぎるとつぶれてしまうので気をつけなくてはいけません。

社会や国のために生きている人はどうでしょう。
きっと政治の関心を持ち、そちらの世界に入っていくのではないでしょうか。
自分一人ではどうしようもない世界であり、
善良さや思いやり、奉仕精神といったきれい事だけでは
とても太刀打ちできる世界ではありません。
最初は純粋な思いからがんばり始めるのでしょうが、
次第に魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界を目の当たりにし
その中でより磨かれていくか、段々と汚されていくような気がします。

このように、どの生き方にしてもよい面と悪い面があります。
また、時間の移り変わりや自分のおかれている環境によっても
誰のためにいきるのかという思いは左右されます。
自分のためと思っていた人も、結婚し子どもができると、
家族のために生きていこうと思うようになるかもしれません。
両親がとても評判のよい医者で、みんなから慕われていたら
自分も医者になって患者さんを救うために生きようと思うかもしれません。
そんな人も、青年海外協力隊の経験がきっかけとなり
将来はアフリカの子どもたちのために
人生を捧げようと思うようになるかもしれません。

また、何かのために生きようとすると、
その一方で、犠牲になる人が出てくるのも事実です。
人や社会に尽くしている人ほど、周囲の人から慕われ、
そうであるがゆえに、自分ももっと尽くしてしまう。
そんな状況が続けば家庭が犠牲になり、
場合によっては、自分をも犠牲にせざるをえないようになるかもしれません。

このように考えると、誰のために生きるという問題はやはり難問です。
ただ、自分のためや家族のためというだけでは何かが欠けている気がします。
やはりそれ以外の何かのために生きるという部分が必要だと思います。
バランスよくやればよいと言う人もいるかもしれませんが、
そうなると、どれもみんな中途半端な気がします。

結局、私がたどり着いた結論は
誰のためでも何のためでもよいのですが、
自分がこれだと思ったもののために一生懸命に生きる。
しかし、そこには必ずどこかで犠牲になる人がいる。
そこは心の中で「申し訳ない」と謝りながらも目をつむる。
また、時の経過とともに状況が変わることもある。
その時には自分の思いを信じ、つくすべき対象を変えたらよい。
そうやって、喜び悲しみ悩み苦しんだ末に、
その時々で下した自分の決断がベスト。
私はそんなふうに考えました。

もっとも、尽くせる人やものがある人は、
それだけで幸せなのかもしれません。
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ジャンル : ライフ

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  • 2013年05月26日 04:59 |
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  • 2013年05月27日 14:10 |
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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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