よくある「稀なこと」

2013年02月22日19:36

先日、緩和ケア病棟に入院していた70歳代の女性が、
元気になって退院をされました。
最初この患者さんは、調子が悪いといって病院で調べてもらったところ、
腹水や胸水が溜まっていることがわかりました。
以前にもがんを患っていたため、その再発かと思われましたが、
調べてみるとそうではありませんでした。

CTの検査では、お腹の中のリンパ節が累々と腫れているのがわかり、
腹膜にもツブツブを認め、腹水も大量に溜まっていたので、
すでにがんがお腹全体に広がっているがん性腹膜炎と診断されました。
卵巣がんのときに上昇するCA125という腫瘍マーカーは
正常値は35以下なのですが、この患者さんは329と高値でした。
しかしMR検査をしても卵巣がんは見つかりませんでした。
その後も色々調べたのですが、原因となるがんが見つからず、
結局、原発不明のがんによるがん性腹膜炎と診断されました。

すでに治療は困難という判断もあり、緩和ケアに紹介されてきたのですが、
入院後は特に治療的なことをすることもなく、
ただ日々の経過を見守るだけだったのですが、
なぜか、日に日に食事が食べられるようになり、
腹水によるお腹の張りも次第に軽減していったのです。
末期のがん患者さんでも、時々こんなケースはあるので、
もうしばらく様子を見ていることにしました。

しかし入院から2ヶ月経っても元気であり、特に苦痛症状もないので
本人がそろそろ家に帰りたいと言い出したのです。
引き留める理由もないので、退院をしてもらうことにしました。
その前にとりあえず現状を把握するためにCTと採血の検査をしました。
すると、入院時に大量にあった胸水や腹水はすっかりなくなっており、
リンパ節の腫れや腹膜のツブツブも消え、
画像上、がん性腹膜炎を疑う所見は全く見られませんでした。
おまけに腫瘍マーカーのCA125も20と正常値になっていました。

この患者さんの場合、細胞レベルでの検査をしていないため、
がんだという絶対的な確証はないのですが、
少なくともCTや腫瘍マーカーの所見から、
がんであったことが強く疑われるケースではあります。
もしもがんであったならば、まさしくがんが消えたということになりますが、
ここは確証がない限り、可能性としか言いようがありません。

私は緩和ケア医として、この10年間で
約1,500人のがん患者さんを診てきましたが、
そのうち一時的であれ、がんが良くなった患者さんや、
末期がんと診断されてから8年以上も生き続けた患者さんなど、
通常は考えられないと思われる末期がんの患者さんが今までに6人おり、
もしこの患者さんを含めるとしたならば7人目になります。

1,500人のうちの7人と言うととても少ないように思うかもしれませんが、
約200人に1人くらいの割合で、末期がんと言われた患者さんが
なぜか良くなったり、長期にわたって落ち着いていたりするのです。
末期のがん患者さんは、次第に状態が悪化し直に亡くなるというのが常識です。
そんな人が落ち着いてしまうのですから、やはり稀なことなのかもしれません。
ただし、その稀さは10万人に1人ではなく200人に1人という、
とても高頻度に起こる「稀なこと」なのです。
もっと素直な言い方をするならば、がんが落ち着いてしまうという現象は
稀なことだと思われていますが、実は意外とよく起こる現象なのです。

一方、厚労省の発表によると日本におけるインフルエンザによる死亡率は
人口10万対死亡率は0.16%とのことでした。
罹患率は3~7%程度なので、人口の5%が罹患すると仮定し計算すると、
インフルエンザにかかって亡くなる人数は
患者200人に対して0.000064人ということになります。
つまり末期がんが一時的であれ落ち着いてしまうという現象よりも、
15,000倍も起こり難いことなのです。

また、造影CTという検査を受ける際には
同意書にサインをしてもらうことになっていますが、
そこには40万人に1人の割合で死ぬことがあると記されています。
これは患者さん200人に対して0.0005人が亡くなるということです。
これもまた、末期がんの患者さんが落ち着いてしまうことよりも、
2,000倍も起こり難いことだということを意味しています。

ところが、このように死の危険性があるという話しは、
極めて稀なことであるにもかかわらず、必ずと言ってよいほど
医者は患者さんにそのことを説明します。
また、実際にそのようなことが起これば当然ニュースにも流れます。

一方、200人に1人くらいは
末期がんでも落ち着いてしまうことがあるという話しは
それらに比べればはるかに起こりやすい現象であり、
なおかつ患者さんも、是非とも聞きたいと思う情報であるにも関わらず、
これらのことを説明する医者はほとんどいません。
患者さんを怖がらせる情報はかなり稀なことでも話しをし、
患者さんが喜ぶような情報は、よく起こることでも話しをしない。
なんともおかしな常識が医療界にはあるのです。

もっとも医者は、がんが自然とよくなるという話しにはあまり興味がないので、
当然、そんな話しを持ち出すこともないのかもしれません。
がんは何か治療をしなければよくならないと思っているので、
何もしないのによくなってしまったという話しを聞いても信じられないのでしょう。

末期のがん患者さんであったとしても、その人の持っている自己治癒力で
がんが自ずとよくなったり、思いのほか落ち着いてしまったいするという現象は
実は、それほど珍しいことではないということを、
緩和ケアの10年の経験を通して、はっきりと自覚できるようになりました。
是非一般の医者にも、この「事実」にもっと目を向けてもらい、
患者さんを不安にさせるような「稀な話し」はほどほどにして、
患者さんに喜びをもたらすような「よくある話し」を
もっと積極的にしてもらえるような、
そんな医者が1人でも多く現れることを願わずにはおれません。
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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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