映画「火天の城」を見て

2009年09月17日06:42

先日、映画「火天の城」を見た。
これは織田信長の命を受け、
神の手を持つと言われる宮大工、岡部又右衛門(西田敏行)が
様々な苦難や障害を乗り越え、
ついには安土城を完成させるまでを描いた一大歴史ドラマだ。

どんな事であれ、ひとつのことに命がけで
取り組む姿勢は美しく、感動させられる。
しかしそれ以上に胸を打ったのは、
又右衛門の信念と決意に惹かれ、
多くの人たちが一丸となり、みんなが支え合いながら
多くの困難を乗り越えていくシーンだ。

その最大の山場は、
人力で親柱と梁を持ち上げ、親柱の根本を4寸切るシーンだ。
築城中の安土城を支える親柱を持ち上げることは、
並大抵のことではない。
多くの人の力がなければ到底できることではない。

柱を持ち上げるためのロープを引く手はみんな血まみれだ。
長時間、それを支え続けなくてはならない。
そして、ついにそれを成し遂げる。
その時に又右衛門の叫んだ言葉には感極まった。
「お前たちこそ神の手じゃ!」

信念、信頼、愛情、感謝が一体となり、
とてつもないエネルギーが発揮された瞬間であった。
彼を支える多くの人たちの手を神の手にし得たのは
まさに、このような思いがひとつになったからに他ならない。

又右衛門は、信長にすら意見する、信念を持っていた。
その一方で、一本一本の木をいたわる深い愛情も持っていた。
そんな大胆さと繊細さの両者を兼ね備えた又右衛門だからこそ
周りの人間も彼を支え続けたのだろう。
そして、そのつながりが、多くの困難を乗り越え
最後には信じられないような偉業を成し遂げることになったのである。

人は、どんなに巧みな神の手を持っていたとしても、
またどんなに膨大な知識や才能を持っていたとしても、
それだけでは、事をないうることはできない。

そこに、人や物、自然を慈しみ、いたわる心と、
それらに感謝する心があるからこそ
周囲とのつながりや絆は強くなり、一体感も生まれる。
だからこそ、そこには思いも寄らない力が発揮されるのだ。
そんなことを、あらためて気づかされた映画であった。
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テーマ : 日本映画
ジャンル : 映画

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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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