「奇跡の教室」を読んで

2011年12月16日07:14

先日「奇跡の教室」(伊藤氏貴著・小学館)という本を読んだ。
その中心人物は元灘校国語教師の橋本武先生だ。
橋本先生は、従来の国語の教科書を使わず、
中学の三年間をかけて文庫本『銀の匙』一冊を生徒とともに、
横道にそれながらじっくり読み込んでいくという授業形態を取っていた。
まさに「スロー・リーディング」の授業なのだ。

当時、この授業を受けた教え子たちは、今それぞれの世界で活躍している。
彼らへのインタビューや齋藤孝教授らのコメント、
橋本先生(御年100歳!)自身への取材などを通して、
様々な視点から、この授業の意味やその奥深さが堪能できる、
非常に含蓄のある、気づかされることの多い本であった。

授業はとても型破りなものだ。
例えば、主人公が駄菓子屋へいく場面の下りでは、
生徒にそれぞれ駄菓子が配られる。
飴を『こっきり噛み折って』食べるという場面を読みながらその飴を食べる。
すると、「ポキン」でも「バキン」でもなく、『こっきり』の方が
優しく甘い感じが出ていて、ぴったりの表現だと感じる。
このように追体験をしながら、文章を味わっていくことで
単に語句の説明に終わることなく、
身体で感じながら文章を味わうことを学んでいくというわけだ。

本文の語句の説明にしても、単なる説明に終わるのではなく、
そこから大きく横道にそれていくのが橋本流だ。
例えば文中に「丑紅(うしべに)」という言葉が出てくると、
その語句の意味を解説しながら、子・丑・寅…の話になり、
それは十干十二支(じっかんじゅうにし)の話へとつながる。
さらにそこから中国で作られた季節を示す基準、
二十四節気の話へと広がっていくという具合だ。

また毎回プリントが配られるが、
そこには自分で調べたことや考えたこと、感じたこと
気に入った語句を使って単文を作るなどなど、生徒の興味を引きつつ、
感性や考える力を引きだすような様々な工夫が凝らされている。

さらにそれらを発表し合うことで、自分自身の考えを深め、広げていく。
自由な発想で考え、他人の異なる意見も聞く。
そのような過程を経ながら、多様な視点からものごとを見る目、
つまり複眼思考を養っていくというわけだ。

このような経験を通して、ゆっくりとではあるが、
ものごとを考える力や文章を味わう力が育っていく。
あるひとつの言葉にこだわり、追求していくことで
その背後にある概念や感覚、歴史や文化といったものにまでつながっていく。

ただ単に語彙の意味や表面的な流れだけを追うのではなく、
その奥にある深遠さをじっくりと味わうことで、
ものごとを多角的に見る複眼思考や本質を見極める洞察力、
全体のつながりを見渡し理解する俯瞰力、
それと同時に、日常の些細なことにも感動できる
研ぎ澄まされた美的感性というものが培われていくのだ。

このような経験を積んだ彼らは、
大人になり仕事をするようになったときに
その底力を遺憾なく発揮することになる。
そのことは、彼の教え子たちがすでに証明してくれている。

私のように感受性に乏しく、面倒くさがり屋で
あまりものごとを深く掘り下げて考えることをしてこなかった人間にとって、
ここで語られていることのひとつひとつの大切さ、奥深さが
今さらながらに身にしみる。
遅ればせながら、これからは、どんなことでもよいので
自分が関心を持った、ちょっとしたことをひとつ取り上げ、
それをじっくりと深めてみるのもいいなと、今、密かに思っている。

「人が熱中することに無駄なことなんてない」
「すぐに役立つことは、すぐに役立たなくなる」
「還暦からが第二の人生。
 全然やっとことのないことを始めるのにちょうどいい時期」
これらはすべて橋本先生の言葉だ。ついうなってしまった。

あまり焦ることなく、役立つかどうかなども考えず、興味の赴くままに、
ひとつのことをじっくりと掘り下げてみるのもいいのかもしれない。
論理的、合理的、理性的な思考回路の中で長年生きてきた私にとって、
ひとつのことをじっくりと味わい、
その奥深さをゆったりと楽しむなどという悠長な時間の過ごし方は、
無駄なことのように思っていたところがあった。
しかし実際はそうではないということに、この本は気づかせてくれた。
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テーマ : 気付き・・・そして学び
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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