木を見る西洋人、森を見る東洋人

2010年12月09日11:34

まず最初に、次の質問に3秒で答えてください。
質問:パンダ、サル、バナナの三つうち、
どの二つがより近い関係にあると思いますか?
1…2…3…ハイ、
あなたの答えは決まりましたか?よいですか?

実は西洋人と東洋人とでは、その答えの傾向が異なるのです。
西洋人はパンダとサルが近い関係だと答える傾向にありますが、
東洋人はサルとバナナを近い関係だと答える傾向にあります。
西洋人は対象物の性質を瞬時に考え、それに基づいてカテゴリー分類をします。
パンダとサルは同じほ乳類というカテゴリーに入るので、
当然、パンダとサルが近い関係だと認識するわけです。

ところが東洋人は関係性やつながりに目を向ける傾向にあります。
サルはバナナを食べるので、この二つが近い関係だととらえます。
つまり、西洋人と東洋人とではものの見方や見え方が異なるのです。
見ているところや焦点を当てているところが違うのです。

このことはミシガン大学心理学教授のリチャード・E・ニスベットの著書
「木を見る西洋人、森を見る東洋人」(ダイヤモンド社)に書かれています。
とても面白い本なので是非一度読んでただきたいと思います。
文化の違いにより、こんなにもものの見え方が異なるのかと驚きました。

例えば次の質問どうでしょうか。
15年にわたり優秀な成績をおさめていた従業員が、
ある年、不幸にも十分な成績を上げることができませんでした。
成績が向上する見込みはありません。
この場合、あなたの考えに近いのはどちらですか?

A)年齢やこれまでの功績がどうであれ、
 水準以下の業績しか上げることができなければ、
 その従業異は解雇されるべきである。
B)その従業員のこれまでの15年間の働きを無視すべきではない。
 会社には彼の人生について責任があるということを
 考慮しなくてはならない。

あなたの考えはAに近いですが、それともBに近いですか?
これも西洋人と東洋人とでは大きな違いがあります。
アメリカ人とカナダ人の75%以上がAを支持しました。
一方、日本人でAを支持したのは30%だったというのです。

これはどういうことを意味するのでしょうか。
西洋人、この場合は特に北アメリカの人たちですが、
抽象的な規則を好み、その規則が誰にでも当てはまると信じる傾向にあります。
例外をもうけることは、西洋人のモラルに反するのです。
一方、東洋人にとってはそれは融通の利かない態度だと映るのです。

またこんな質問はどうでしょうか。
先ず、画用紙に次のような絵が書かれているのを想像して下さい。
真ん中に笑顔で立っている人がいます。
その人を中心に左右に二人ずつ、ちょっと悲しげな顔をした人が立っています。
イメージを浮かべることができましたか?
ここで質問です。真ん中に笑顔で立っている人は幸せでしょうか?

いかがでしょうか?
これもかなりはっきり意見が分かれます。
西洋人は幸せだと答える傾向にあります。
なぜならば、その人は笑顔だからです。
一方、東洋人は幸せではないと答える傾向があります。
なぜならば、まわりの人が悲しげな顔をしているからです。

これも西洋人と東洋人のものの見え方の違いがよくわかる例です。
西洋人は自分を周囲とは分け、単一の自由な主体としてとらえます。
成功や達成も個人的利益をもたらすという意味で重要だと考えます。
東洋人は相互協調的な世界で生きており、自分は全体の中の一部だと考えます。
だから成功や達成も所属集団に名誉をもたらすという意味で大切だととらえます。
同じ絵を見ても、その見え方が全く違うのです。
そうであれば、社会における行動にも違いが出てくるのも当然です。

他にも色々違いがあります。
たとえばこんな事件の例を材材に見方の違いを説明しています。
アメリカ人の郵便配達人がミシガン州にある郵便局を解雇されました。
彼はその決定に対する抗議を組合に申し入れましたが通らず、
その後、正社員としての再就職にも失敗してしまいました。
彼は以前働いていた郵便局に出向き、抗議を処理した上司、
同僚や居合わせた人々数名を射殺したあと、自らも命を絶ちました。

この事件の報道の仕方をアメリカの新聞と中国の新聞で比較しました。
アメリカの新聞は、彼はすぐにかっとなるとか情緒不安定だったとか
彼の過去の行動から推察される考え方や特性など、
個人的な属性に焦点を当てていました。
一方中国の新聞は、彼は最近解雇されたとか上司と仲が悪かったとか
彼に影響を与えた状況要因に焦点を当てていました。

つまりアメリカ人は個人的な属性がより重要であると考え、
中国人は状況要因がより重要だと考える傾向にありました。
このことを確認するために、アメリカ人学生と中国人学生に対して、
もしも彼が新しい仕事に就いていたならば、
この悲劇は起こらなかったと思うかという質問をしてみました。
中国人学生の多くは、状況が変わっていれば
この事件は起こらなかっただろうと考えていたのに対して、
アメリカ人学生は、彼の長年にわたって形成された荒々し気性が原因なので
たとえ状況が変わっても事件は起きていたと答えました。

二つの相矛盾する事柄があった場合の対応の仕方も異なります。
西洋人は、論理的に考え、どちらが正しいかを徹底的に討論し、
最終的には二者択一をする傾向にあります。
東洋人は、Aも正しいが、Bも間違えではないと考え、
その中庸を見出し、折衷案を見つけ出す傾向にあります。

よくグローバルスタンダード(世界標準)という言葉を聞きますが、
これこそ西洋人の発想だなと感じてしまいます。
もともと西洋人と東洋人とではものの見え方やとらえ方が異なるのに、
これが世界標準だと言われても、やはり違和感を覚えてしまいます。
医学の世界で最近流行のエビデンス(科学的根拠)も同様です。
論理的、分析的思考が好きな西洋人にはマッチした考え方かもしれませんが、
つながりや関係性を重視する東洋人である私には
間違っているとは言わないまでも、今ひとつなじめないところがあります。

病棟で患者さんを見ていてもよく感じます。
あそこが痛いここが痛い、ああしろこうしろと、
自分のことを当然のごとく主張する患者さんもいれば、
その一方で、まわりに迷惑をかけないようにと「大丈夫です」と言って、
少しくらいのことなら我慢している患者さんもいます。
このように日本人の中にも西洋人的要素が強い人と
東洋人的要素が強い人がいますが、
だからと言ってどちらの患者さんが良いとか悪いとかではなく、
どちらの患者さんでも人それぞれだからよいのではないかと考えるあたり、
やっぱり私は東洋人だなあと感じました。
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テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

コメント

真ん中でした。

私は1.5と1.5でした。西洋人と東洋人の間ぐらいの
ようです。サルとバナナはセットだと何のためらいも
ありませんでしたが、西洋人は哺乳類で分類するの
ですね。面白いですね。知らず知らずのうちに東洋人特有のカテゴリーで物を見ているとは興味深いです。

  • 2010年12月09日 16:22 |
  • シュクラン URL :
  • 編集
No title

先ほどアメリカのエサレン研究所から帰ってきました。
2週間アメリカ人と生活してて個人をより大切にしていたアメリカ人がよくわかりました。
パーティー大好き、踊るの大好き、笑ってばかり、明るくて誰とでも話せて・・・なかなか私にはきつい2週間でもありました。エビデンスに関してはアロマの受け入れ状態が悪い時はいつもその理由なので疑問です。
認知症や入院生活にストレスを感じている患者さんにアロマをする為に、そんなにエビデンスが大事ですか?と思っています。

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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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