私の歴史(4)~緩和ケア時代その2

2010年11月26日11:32

私の考えの中心にあるものは、自己治癒力や心の治癒力だ。
これらをいかに上手く引き出すかが私にとってのテーマだ。
もともと薬で病気や症状を抑え込むという発想は嫌いだった。
だからこそ心療内科でも、あまり薬は使わないでやっていた。

しかし緩和ケアでは薬を使わざるを得ない。
がんの痛みに苦しんでいる人にはモルヒネを使うのは当然だ。
でも、患者さんがあまり薬を使いたくないというのであれば、
その思いを大切にするようにした。
当然、患者さんはある程度症状を我慢することもある。
でもそれが患者さん自身の選んだ道であれば、私はそれをよしとした。

しかし苦痛を積極的に取ることをモットーとする緩和ケアでは
そのような行動はあまりよいことではないようだ。
苦しんでいるのを放っておくなんて信じられない!と言われてしまう。
まるで私が患者さんを苦しませているかのような言い方だ。
どうも私の価値観と緩和ケアの常識にはギャップがあるようだ。

ちょっとした症状がでても、とりあえず数日間様子を見て、
それでも症状が続くようであれば対応を考えるというのが私流だ。
ちょっとした症状であれば、自然と治まることも多いからだ。
これも、人には自己治癒力があるのだからという発想に基づく。

しかしナースの反応は全く違う。すぐさま対処すべきだという考えだ。
そのため、すぐに薬を出すように言われる。
さもなくば皮膚科や呼吸器科の医者に早く診てもらうようにと言われる。
他科の医者に診てもらえば、直ちに薬が出されるのはわかりきっている。
だから、すぐに他の医者に診てもらうことにも抵抗がある。
こんなことにもナースとの価値観の違いを感じぜずにはいられない。

「最近、先生はあまり患者さんのところに行かなくなった」と言われる。
それは正しい。紛れもなく真実だ。
もっとも、毎日回診はするし、医者としての仕事はちゃんとやっている。
でも、昔のようにベッドサイドでゆっくり患者さんと話をすることはなくなった。
以前は、努力してしていたが、最近はその努力をしなくなった。

心療内科のときは、患者さんの話を1時間くらい平気で聴いていた。
それなのに、なぜ今は緩和ケアではそれができないのか。
それは、話の内容と話を聴く場所に大いに関係がある。

心療内科の患者さんは様々な問題を抱えている。
その問題をどうしたら解決できるのかを考えながら話を聴くわけだ。
とてもエネルギーを使うが、非常に刺激的だったし、それが楽しかった。
緩和ケアの患者さんでも、たまには大きな問題を抱えている人がいる。
そんな場合は、1時間くらい平気で一緒にいて、あれこれ話をする。
この場合は何の苦痛もないどころか、やっていて楽しい。

しかし、たいていの緩和ケアの患者さんは、
そのような大きな問題を持っているわけではない。
痛みなどの身体的な問題は薬で解決してしまう。
症状が落ち着けば、とりあえず状態は安定する。
そんなときに話をするといっても、たいていは雑談だ。
どうも私は、この雑談が苦手なようだ。

緩和ケアでは、そんなたわいもない話が大切なこともわかっている。
でも、普通の雑談なら敢えて私でなくてもできるので、
無理に自分がやらなくてもいいのでは、と思ってしまうのだ。
昔はそれでも、そのような雑談をするために努力をしていた。
でも、そのようなことにエネルギーを注ぐのに疲れてきた。

無口な私にとって、雑談に花を咲かすというのはそれなりの苦痛が伴う。
だからこそ、雑談をして患者さんと少しでもよい時間を過ごそうという思いより、
溜まっている原稿を早く仕上げたいという方向に心は向いてしまうのだ。
そんなとき、やっぱり自分は緩和ケアに向いていないなあと思ってしまうのだ。

もちろん、死と向き合っている緩和ケアの患者さんが
全く問題を抱えていないとは思っていない。
逆に、問題を言い出したらきりがないかもしれない。
しかし病棟で静かな時間を過ごしている患者さんの心の奥底から
敢えて問題を引っ張り出そうなどという気はさらさらない。
なぜならば、私の発想の原点には常に心の治癒力があるからだ。

どういうことかと言うと、その人に問題があろうがなかろうが、
今、静かに過ごせているということは、
その人の心の治癒力が上手に悩みや問題をコントロールして、
それが表に出てこないようにしているということだ。
せっかく心の治癒力が上手く対処しているのに、
それを無理矢理ほじくり出し、
敢えて患者さんを悩ますようなことなどしたくないのだ。

もちろん、本人が問題だと思っていることには対処する。これは当然だ。
しかし表面に出てこない限り、それは問題ではないのだ。
その人の心の治癒力に任せていればよいのだ。
うまくいっているときには余計なことはしない方がいい。
これが私の考え方だ。

一方、場所の問題も実は大きい。
心療内科にいたときは、ほとんどが外来患者だった。
完全予約であり、時間枠が決まっていたので、
いやでも話を聴くという心構えができるのだ。
心療内科の時も、ひたすら患者さんの雑談を聴くだけという場合もあった。
そんなときでも、再診は15~30分程度だったので、
割り切って時間が過ぎるのを待っていればよかった。
時間が来たら、適当に話を切り上げればよいので楽だった。

ところが緩和の場合、ほとんどが病棟に入院している患者さんだ。
もちろん、患者さんの回診にかける時間が決まっているわけではない。
そうなると、つい早く終わらせたいという思いに駆られてしまう。
実際には、処方や指示を電子カルテに打ち込む時間もかかるので、
それらも含めると今でも一人あたり15分くらいはかかってしまう。
午後も外来があるので、できるなら昼飯を食べる時間や休憩時間も欲しい。
そうなると回診はさっさと終わらそうという気持ちに自ずとなってしまうのだ。
多分、一般の医者も同様の思いでいるのではないかと思っている。

一方、緩和でも外来となると話は別だ。
すべて完全予約制なので、この点は心療内科の時と一緒だ。
すると、やはり心構えが違ってくる。
じっくりと向き合い、それなりの話をすることもよくある。
私の場合、通常の緩和ケア外来の他に、がんストレス外来もやっている。
がん患者さんは、病気そのもの以外にも様々なストレスを抱えている。
夫婦のこと、家庭のこと、仕事のこと、人間関係のこと、といった問題から
再発への不安や再発予防、代替療法に関することなど問題は様々だ。
このような問題を抱えた患者さんを診るのががんストレス外来だ。
がん患者さんであればどんな人でも来ることができるという外来だ。

私にとってこの外来は楽しい。1時間くらいすぐに経ってしまう。
一人の患者さんが終わった後は、とても心地良い疲労感がある。
そんなとき、自分は病棟で患者さんを診ているよりも、
やはり、様々な日常での問題やストレスを抱えた患者さんを診ている方が
ずっとイキイキしているなあと感じてしまう。

そんなわけで、病棟に入院している緩和の患者さんを診るというのは、
どうも私には合わないなあという思いが強くなってきた。
かといって、今はどうすることもできない。
今後どうするかも、今はまだわからない。
問題解決にはもう少し時間がかかりそうだ。
私も、自分の心の治癒力がうまく引き出され、
今の問題を解決してくれるのをもう少し待ってみることにする。
The END
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  • 2010年12月01日 13:39 |
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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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