FC2ブログ

患者さんはウソを言う!?

2018年08月03日07:43

どこでもそうだと思いますが、
私のいる緩和ケア病棟でも、
患者さんの訴えを十分に理解できないことが時々あります。

先日ある患者さんが、
「えらくて仕方がない、何とかして欲しい」と
ナースが訪室したときに訴えてきたと、
ナースから私に報告がきました。

末期がんの患者さんに対しては
全身倦怠感を取るためにステロイドをよく使用するのですが、
この患者さんは、すでに十分量のステロイドを使用していました。

一方で、この患者さんは、毎日食事を全量摂取しており、
普段は肘枕の姿勢で横になっています。
そのような状況を見る限り、
いわゆるがん末期に訪れる「身の置き所のないえらさ」とは
どうも違うような気がしました。

そこで、「どこがえらいの?」とたずねると、
胸のあたりをさすって「ここがえら」と言うのです。
つまり息苦しさがあるため「えらい」と言っていたわけです。

もともと酸素はしており、酸素濃度もさほど低くはないのですが、
本人からすると、「えらい」と感じるようでした。
そのため、呼吸困難感を取るために
モルヒネの持続皮下注をしたところ、
楽になったと言って喜んでいました。

このように患者さんが「えらい」と言った場合、
身体がだるくてえらいのか、痛くてえらいのか、
息苦しくてえらいのか、はっきりわからないことがしばしばです。

だからこそ、「えらさ」の意味するところを患者さんに
しっかりと確認する必要があり、
そうしないと適切な対処ができないのです。

また、こんな患者さんもいました。
神経にピリッとくるような発作的な「激痛」が
喉から頭にかけて走るというので、
前の病棟ではロキソニンという鎮痛剤が処方されていました。

一般に、患者さんが痛みを訴えたときのために、
通常は、主治医が事前に指示を書いておきます。
そのため私も、「疼痛時にはロキソニン」と指示を書いておきました。

ナースのカルテ記録を見ると、
一日に数回、ロキソニンを飲んでもらっている記録がありました。
そこで患者さんに、その痛みはどれくらい続くのかとたずねると、
数秒程度だというのです。

つまり、発作的に一瞬痛みが走り、
あとはすぐに治まるというのです。
では、何でロキソニンを飲むのかとたずねると、
ナースに痛みはないかとたずねられたので、
「痛い」と伝えると、ロキソニンを持ってきてくれたので、
それを飲んだというのです。

そのときには痛かったのかと確認すると、
痛みはすでにないとのことでした。

要するに患者さんは、
発作的な激痛があったという話をしたのですが、
それをナースは、今も痛みがあると解釈したようでした。

しかし、痛みが治まったあとに痛み止めを飲んでも意味はなく、
たとえ発作の真っ最中にナースがいたとしても、
薬を持ってくる頃には発作は治まっていますし、
かりに薬を飲んだとしても
薬が効いてくるまである程度時間がかかってしまいます。

つまり、このような数秒で治まる発作的な痛みに対して
鎮痛剤を処方するというのは全く意味のないことなのです。
もしも薬を使うのであれば、
そのような発作が起こらないようにする
薬を使用するべきなのです。

このように、患者さんの言葉を
文字通りに受けとめてしまうと、
本当に必要な対応ができなくなってしまう場合がしばしばあります。

患者さんの訴えを聞く場合には、
何のことを言っているのか、確認しながら聞くことが大切です。
表向きの言葉を、何も考えずに受け入れてしまうと、
思わぬ失敗をすることになるので注意が必要です。


スポンサーサイト

テーマ : 思うこと
ジャンル : その他

コメント

No title

病院という所は、元々医療を頼って入院、来院するので、医師やナースに解りやすく症状を伝えられる患者さんはほぼいません。処方する側に、汲み取る心や察する心が必要です。多忙極まるお仕事だけど、薬や器具は常に武器となりうるので、判断を誤ると事故にもなります。私は夫の入院時、医療者の「思い込み」「勘違い」にいくつも出くわしました。例えば「この患者はもうだめだ」と思ってる医療者は、いつでも最後の支度、準備をしている為に、呼ばれただけで最後の舞台が用意される事にもなるんじゃないでしょうか?発作が起こらないようになんて考える医師がいない病院もあるのです。黒丸先生の話しを聞かせてあげてほしいです。

  • 2018年08月12日 01:54 |
  • なかこし けいこ URL :
  • 編集
No title

ぎりぎりまで我慢して耐えられず苦痛を訴える患者さんと、ちょっとした事ですぐに助けを呼ぶ患者さんとがいるのも事実です。日常を共に過ごすとよく判るんですが、ケアする側はその辺がよく把握できないので、適切な処置がなされず一大事になる社会ができていると思います。デジタルに仕事をこなし、知人は介護や看護に関する仕事も含め五つの仕事を掛け持ちしています。人の頭の中にマニュアルがごちゃまぜになっていて「聖職」という言葉も死語になりました。恐ろしい事です。コンビニでバイトする弁護士、病院を渡り歩く医療者、介護職。資格者に命や人生を預けてはいけない
時代です。昔は医者に命を預けて亡くなっても大抵の人はお礼の言葉で終止しました。それは良くも悪くも「聖なる職」だと信じていられたからです。ぎりぎりまで我慢するタイプの人は、限界まで来て入院したりするので、弱り果てて命を預けてしまうはめになるし、ちょっとの事で病院にかかる人は、たまたまのちょっとした検査で引っかかって、うまくいけば良くなるけど、そのまま治療で果てる事にもなります。どうすれば良かったのかなあ・・と天国の声が聞こえます。

  • 2018年08月13日 05:52 |
  • なかこし けいこ URL :
  • 編集

コメントの投稿

非公開コメント


プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://kuromarutakaharu.com

最新記事

検索フォーム

QRコード

QRコード