「蛇にピアス」を見て考えたこと

2010年01月31日11:38

先日DVDで「蛇にピアス」を見た。
これは第130回芥川賞を受賞した金原ひとみの
同名の小説を映画化したものだ。
当時話題になっていた本だったので私も読んだ。
それが映画化されたので、一度見てみようと思って見た。

主人公の19歳の女性ルイは、スプリットタンに憧れ
舌にピアスをつけ、次第にその穴を大きくし、
最終的には蛇のように先が二つに割れた舌を作ろうとする。
また、それと同時に自分の背中に入れ墨も入れるのだ。

彼女の心理的背景については何も語られていないが、
これらの行為は、自傷行為を頻繁に繰り返す女性と相通じるものがある。

「痛みだけでしか、生きている実感を味わえない」

実際、ルイが語ったこの言葉は、
自傷行為をしている彼女らが語っていたことと一緒だ。

しかし、現在、緩和ケアで日々、
亡くなりゆくがん患者さんを見ている私にとって、
これとは全く違った思いが、ふと浮かんできた。

以前、ある人からこんな話を聞いた。
緩和ケアで一生懸命がんばっていた30歳代のナースが、
ある時、自分ががんになってしまった。
すでに手術はできない状態だったので抗がん剤の治療が始まった。
しかしそれにも限界がある。
ある時主治医に、そろそろ抗がん剤をやめて、
緩和ケアに移ったらどうだろうかという提案があった。
しかし彼女はそれを断り、亡くなる10日前まで
抗がん剤治療を受け続けていたという。

彼女は抗がん剤の限界を知っていたし、
ずっと緩和ケア病棟で働いていたのだから
緩和ケアのすばらしさも十分に認識していたはずだ。
なのに、なぜ最後まで緩和ケアに行かなかったのか。

「私は抗がん剤を受けている限り、
自分はまだ生きているって思えるんです」

そう彼女は言って、辛いだけの抗がん剤治療を受け続けていたという。
副作用のため、それを続けることで
かえって生命を縮めるであろうことも知っていた。
にもかかわらず、緩和ケアではなく抗がん剤を選択したのだ。

この映画を見ながら、ふと、
ルイの思いと、この彼女の思いが
私にはダブって見えたのだ。
もちろん心理的背景は全く異なると思う。
でも、痛みや苦痛を通して自分は生きている、
ということを確認しているところは、
この二人は根底の部分で何かつながっているものがあると感じるのだ。

死んでもいいと思っているルイと、
まだ死にたくないと思っているこのナースは、
身体的苦痛という共通の感覚を通して、
死の淵にいる自分を何とか必死に支えようとしているように思うのだ。

緩和では苦痛を取り除いてあげるということが大前提だ。
しかし中には、とことん痛みや苦痛を我慢し続ける人もいる。
我慢する必要はありませんよと言っても、大丈夫ですと言って我慢し続けるのだ。
薬が嫌いだとか、これくらいの苦痛で弱音は吐いてはいけないとか、
そんなことを思っているだけなのかもしれない。

でも、もしかしたら、苦痛をこらえることで、
自分はまだ生きているという証を実感したかったのかもしれない。
苦痛はないにこしたことはないが、
苦痛があるということも、
人によってはとても意味のあることなのかもしれない。

そんな思いを持ちながら
私はこの「蛇にピアス」を見ていた。
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テーマ : 考えさせられた映画
ジャンル : 映画

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  • 2013年08月20日 00:10 |
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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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