映画「海難1890」を見て

2015年12月08日18:15

以前から、エルトゥールル号海難事故の話は知っていたので、
それが映画になることを知って、見るのをとても楽しみにしていました。

いや~感動しました!
結構泣きました。

今から125年前の1890年に、
トルコ(オスマン帝国)の親善使節団を乗せた船が台風に巻き込まれ、
和歌山県大島樫野崎(現:串本町)で座礁・沈没し、
500名以上が亡くなったという
当時としては世界最大規模の海難事故がありました。

その際、村人は台風の高波の中に身を投じて
漂流者を助け上げるなどの懸命な救助作業を行い、
69名もの命を救ったのでした。
さらに村人たちは貧しい生活をしていたにもかかわらず、
自分らの生活や食べ物を切り詰め、
生存者の看病にも献身的に尽くしました。

その後、生存者は日本の軍艦でトルコまで送り届けられ、
後日、トルコ政府から治療費の精算書を要請されたのですが、
治療に当たった村の医師は、
「初めから薬価治療費を請求する考えはなく、
ただ負傷者を助けたい一心で従事したことであるので、
全額遭難者へ寄付したい」という旨の手紙を書き送ったのでした。

トルコでは、この話は小学校の教科書にも載っており、
誰もが知っているそうです。
そんな100年以上も前の話が、
トルコ人の心には残っていたのでしょう。
それが30年前のイラン・イラク戦争の最中に起きた
日本人救出劇につながったのでした。

サダムフセインは、1985年3月17日午後8時30分に突然、
今から48時間後にイラン上空を「航空禁止区域」とし、
以後は、民間機、軍用機に関係なく無差別攻撃をすると発表しました。

当時、イランに取り残されていた日本人は300人以上おり、
一刻も早い帰国を願っていたのですが、
日本の政府は、自衛隊機を使うためには国会の承認が必要だから
すぐには無理だと言い、
また、日本航空も安全の保証ができない限り、
飛行機を飛ばすことはできないと言って乗り入れを断ってきました。
日本は、イランに残された日本人の救出が
できない状況に陥っていたのでした。

そんな中、トルコの救援機が最後の搭乗になることを知った日本大使館は、
トルコ政府と連絡を取り、日本人も乗せてほしいと頼みました。
その申し入れに対してトルコのオザル首相は、
トルコ機の追加派遣を決断しました。
このときパイロット全員が、命の危険を伴う派遣機の操縦を志願したのでした。

自国のトルコ人を乗せるための飛行機であったにもかかわらず、
トルコ政府は、命がけで日本人を救出する決断をしてくれたのでした。
さらに、自国機が到着したにもかかわらず、
トルコ人は日本人の搭乗を優先してくれたのでした。
こうしてイランにいた日本人は、無事帰国ができたのでした。

困難な状況の中で名誉も見返りも求めず、
ただ目の前の人を救おうとした、
125年前の日本人と30年前のトルコ人たち、
この両者の勇気と思いやりに感動せずにはいられませんでした。

映画でのラストシーンもとても印象的でした。
テヘランにある日本人学校の教師である春海が、
日本人脱出のために尽力したトルコ大使館職員のムラトに
空港で感謝を述べる場面があったのですが、
その時、ムラトが春海を見つめながら
「以前どこかで、こうしてお会いした気がするのですが…」
と言うのですが、それに対して春海も
「私も、そんな気がします」と返します。
(実際の正確な台詞は忘れましたが)

実はエルトゥールル号海難事故のシーンで
救命に当たっていた医師の助手であるハル(忽那汐里)という女性が、
懸命な救命処置によって海軍機関大尉のムスタファという男性を
助ける場面がありました。

その後ムスタファは、
村人の見返りを求めない献身的な行動に心打たれ、
その思いを胸にトルコに帰っていくのですが、
何と、このハルとムスタファ大尉、そして
イランからの脱出シーンに出てきた春海とトルコ大使館職員のムラトは
同じ役者さんがしていたのです!

最初は気づかなかったのですが、
「以前どこかで…」の台詞を聞いた瞬間気づきました。
まるで、当時の二人が生まれ変わり、
エルトゥールル号の事故の恩返しをするために
日本人をイランから救出するために尽力してくれたかのようでした。
そう思った瞬間、鳥肌が立つような感動を覚えました。

もしかしたら、そんな恩返しをするという役割や使命を担った人たちが、
世界中の至るところで生きているのかもしれません。
本人はまだ気づいていないかもしれませんが、
その時をみんな待っているのかもしれないと考えると、
よし、私も自分の使命が果たせるように、
今からその時のための準備をしておかなくてはという気になってきました。

皆さんは「海難1890」を見て、どんな思いを抱くでしょうか。


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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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