セラピストの存在そのものが大切

2009年08月19日13:59

今日からブログを始めることにしました。
ホームページを立ち上げるのにも随分と戸惑いがありましたが、
せっぱ詰まったあげく、数ヶ月前にようやく立ち上げることができました。
その際ブログも一緒に始めようと思っていたのですが、
結局できずじまいで今日に至ってしまいました。

実は今日は私の50回目の誕生日です。
何事に対してものんびり屋でマイペースの私にとって、
どこかでブログを書き始めるきっかけが欲しいと思っていたのですが、
まさに今日という日は、その打ってつけの日だったというわけです。
まあ、そんなわけで今日から始めることにいたしましたが、
あまり肩肘を張らずに、
今まで通りマイペースでのんびりとやっていきたいと思っています。 

さて、ホリスティックコミュニケーション実践セミナーも、
今年の第二期が8月16日に無事終了しました。お疲れ様でした!
今日は、最終日にお話しした、
セラピストの存在そのものがいかに大切かという話をしたいと思います。

数日前、私が以前から相談に乗っていたAさんのお母さんから、
夜に私の携帯に連絡が入りました。
彼女は、私が心療内科医として仕事をしていた最初の頃からの患者さんです。

当時から意識消失発作や不明熱など、
全く原因が分からない症状が長年続いていました。
それも良くなったり悪くなったりでしたが、
その後も原因不明の痛みや病気などで悩まされ続けていました。

今でも鎮痛剤や麻酔薬を使うと心肺停止になってしまったり、
点滴をするとすぐに感染を起こしてしまったりと、
本当にどうしてよいのか分からない状態が続いています。

7年前から私は緩和ケア医になりましたので、
それ以降は時々会って話をする程度のかかわりで、
現在は大学病院などで他の先生たちが治療に携わっています。

そんな彼女が検査のために、麻酔をされたのですが、
それによってまた血圧が下がり、再び意識状態が悪くなったというのです。
その傍らでお母さんが、心配しながら付き添っていたのですが、
彼女が「黒丸先生、黒丸先生」と、
うわごとのように私の名前をくり返し言い続けたというのです。
お母さんは「今日は夜遅いから、明日電話しましょうね」と
言い聞かせるように言ったそうですが、うわごとは止みません。

そこでお母さんも迷惑を承知で私の携帯に連絡をしたというのです。
電話でその状況を説明され、「先生の声が聞けたらそれで落ち着くと思うので、
本当に済みませんが、ひと言声をかけていただけないでしょうか」と言われました。
「Aさん、黒丸です。分かる!?がんばるんだよ、大丈夫だからね!」
そんな、ありきたりの言葉かけを20秒くらいしたでしょうか。
電話口からは「黒丸先生…」というかすかに聞き取れるくらいの声で、
私の名前をつぶやいているのが聞こえました。
そのあとすぐにお母さんに替わられ、「本当に夜遅く済みませんでした。
これで娘も落ち着くと思います、
ありがとうございました」と丁重に礼を言われ、電話は切られました。

私は、電話を切ったあと涙がこみ上げてきて仕方ありませんでした。
自分のような人間を、そこまで信頼してくれている人がいるんだということに、
純粋にうれしかったという思いと同時に、
実際の私は彼女が思っているような、
そんな人間ではないということへの申し訳なさで胸が一杯になってしまったのです。

翌日、彼女自身から電話がありました。
先日はとてもご迷惑をおかけしてしまったみたいで、
本当に申し訳ございませんでしたというお詫びの電話でした。
彼女自身は全く覚えていないのですが、
母親から「先生の声を聞いてから、その後は落ち着き、
朝には何事もなかったかのように目を覚ますことができた」と聞かされたというのです。
無意識のなかで聞いた私の声が、
彼女の生きようとするエネルギーを支えたという事実を知り、
こんな自分でも、これだけの大きな影響を人に与えているんだということを
改めて思い知らされました。

そんな話を当日のセミナーで話をしていたのですが、
話しながら、ふと思いました。
確かに自分は、Aさんにそれ程までに信頼される程の人間ではないことを、
この自分が一番良く知っている。
自分のすべてを見たら、きっと私に幻滅し、嫌いになるに違いない。
そんな思いを持っているのはまぎれもない事実ですが、
その一方で、Aさんは私を信頼してくれているというのもまぎれもない事実であり、
朦朧とした状態の中で聞いた私の声で落ち着きを取り戻したのも事実です。

つまりセラピストや治療者として最も大切なことは、
すばらしいことを並べ立てたり、
高度なテクニックを駆使したりしてクライエントを癒したり治療したりすることではなく、
そのセラピスト自身の存在そのものなんだということです。

その人自身の存在は、どんな人間であれ不完全な存在であるに決まっています。
でもそれでよいのです。
少なくとも、そんな自分が、ただ存在している、ということだけで、
心が落ち着き、がんばる意欲がわき、苦しみを乗り越えようと思えるクライエントがいる限り、
セラピストは存在しているという事実だけで十分なのです。
そんな大切なことを、今回はAさんから教えてもらいました。
Aさん、ありがとう。
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テーマ : セラピー&ヒーリング
ジャンル : 心と身体

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  • 2012年08月08日 21:41 |
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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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