死の不安への対処法

2015年04月29日06:29

末期がんの患者さんのように、
近い将来確実に自分の死が訪れるとわかっているような状況になったとき、
人は誰でも死への不安や恐怖を感じるものです。
そのような不安や恐怖には、どのように対応したらよいのでしょうか。

一般の人は、自分が最後どうなるのかがわからないことで、
すごく不安を感じるものです。
自分が死ぬという経験は誰もしたことがないので、これは当たり前なことです。
ですから、先ずは自分が最後、どうなるのかを知ることが
不安軽減の第一歩につながります。

たいていの人は、最後は苦しむのではないだろうかと思っています。
しかし今は、緩和医療も進歩し、苦痛をできるだけ取り除き、
最後は苦しむことなく楽に逝けるということが十分に可能です。
そんな説明をしてあげるだけで患者さんはホッとするものです。
このように、最後は安らかに逝くことができるということを知るだけでも、
不安感はずいぶんと軽減されます。

また、中には残された家族の心配や、
後悔の念、無念の気持ちといった思いを持つ人もいるでしょう。
このような場合には、これらの思いが少しでも軽減できるようなことを
できる範囲内で行動に移してもらうことです。

誰かに相談する、話しを聞いてもらう、手紙を書く、ビデオレターを作るなど
自分の置かれた立場により、人それぞれ異なると思いますが、
ほんの小さなことでよいので、
少しでも問題解決に向けて動けるように、
そっと支えてあげることが大切です。

もちろん、それですべての心配がなくなるわけでも、
後悔の念が消えるわけでもありませんが、
何か行動をするというだけで気持ちは少し楽になりますし、
また、それで不安が多少なりとも解消するのであれば、
それだけでも十分に意味のあることです。

ただし、何をしたらよいのかがわからないとか、
行動を起こすだけのエネルギーがないという人も多くいます。
そのような場合は、敢えて行動に意識を向ける必要はありません。
その時には、自分の過去、未来、現在に思いを巡らしてもらえばよいのです。
つまり、行動ではなく「思い」に焦点を当てるわけです。

先ずは過去ですが、
誰もが、自分が輝いていたとき、がんばっていたとき、
何かを成し遂げたときというのがあるものです。
そのような過去の自分を振り返ってもらうことで、
「自分は、今までよくばんばってきたんだなあ」という思いが持てれば
過去の自分に思いを馳せるというのはとてもよい対処法になります。

しかし中には、自分の過去には
一切誇れるものがないと思い込んでいる人もいます。
そんな人には未来に目を向けてもらえばよいのです。
つまり「死んだらどうなるんだろうか」ということです。
これには正解はありません。
自分がこうだと思ったものが正解になります。

先に逝った母親に会いたいでも、
残された子どもたちを草葉の陰から見守ってあげたいでも
天国や極楽に行くでも何でもよいのです。

私の場合は、ザ・フォーク・クルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」の
あのフレーズが忘れられません。
「天国よいとこ一度はおいで、酒はうまいしねえちゃんはきれいだ」
私は、死んだらこのような世界に行けると思うと、
死ぬのもまんざらではないなと、ちょっと嬉しくなってしまいます。

未来にどんな思いを巡らせるかは、その人の自由です。
そうすることで、迫りつつある死への不安が軽減できるのであれば、
どんな思いやイメージでも構いません。
是非、微笑みが浮かぶような未来のイメージを描いてもらって下さい。

では、過去や未来に思いを巡らせるのは苦手だという人は
どうしたらよいのでしょうか。
そのような人は「今」に意識を向けてもらえばよいのです。
週刊誌や新聞を読んでもよいし、
写経や読書、編み物、パズル、音楽を聴くでも何でもOKです。
もちろん、飲めるのであればお酒を楽しむというのも構いません。

どんなことでもよいので、
「今この瞬間」に意識が向くようなことをすればよいのです。
その瞬間は、死への不安に苛まれることはありません。
現在に意識を向けるという作業の積み重ねが、
死への不安を和らげる対処法になるのです。

では、それすらできないという人はどうしたらよいのでしょうか。
その場合は、不安や後悔の念を持ちながら、
ああでもない、こうでもないと、
あれこれ考えながら過ごしてもらえばよいのです。

それでは、何もしないのと何ら変わりがないと思うかもしれませんが、
そうではありません。
人はずっと考え続けたり、不安感を抱き続けたりすることが
できないようになっています。

なぜならば、肉体的限界があるからです。
つまり、考え続けていると疲れてしまい、
いつしかボーッとなり、そのうちウトウト眠ってしまうからです。
もちろん、目が覚めたらまた不安が蘇り、
あれこれ思い悩むことになりますが、それでよいのです。

このようなことを繰り返しているうちに
状態は次第に悪化していきます。
最終的には、意識ももうろうとなってくるので、
思い悩むことすらできなくなり、
その延長線上に死が訪れるというわけです。

「不安をぬぐい去ろうとしなくてもいいですよ」というメッセージを伝えつつ、
傍でそっと見守ってあげる、それでよいのです。
人は、ただそれだけでも、ちょっと安心するものです。

実はどう転ぼうと、遅かれ早かれ死という現実は訪れます。
それまでの過ごし方は人それぞれですが、
その際、死の不安に対して
どう受け止めるのか、どう考えるのか、
どんなことができるのかといった視点から考えてみると、
死の不安への対処法というものが見えてきます。

死の不安におののいている人がいたら、
今言ったような視点から、そっとかかわってみて下さい。
きっと、安堵の微笑みを目の当たりにし、
あなたもちょっぴり幸せな気分になることでしょう。

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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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