きれい事が人を傷つける

2014年11月04日12:36

最近、緩和医療の世界では
心的外傷後成長(Post-Traumatic Groth:PTG)という考え方が
ちょっとしたブームになりつつあります。

今までごく普通の人生を歩んでいた人が
ある日突然「がん」と告知されたり、愛する人を亡くしたりすると、
その瞬間から、一体どうしたらいいのだろうか、この先どうなるんだろうか、
といった不安の気持ちで心が押しつぶされそうになります。
しかし、そのような経験をした人の中には、
それを機に、自分の新しい生きる道を見出したり、
家族の絆の大切さに気づいたりといったような、
以前よりも大きく成長した自分に気づく人が少なくありません。
これが心的外傷後成長です。

人には困難を乗り越える力、苦悩の中に幸せを見出す力があるのです。
私の言葉で表現するならば「心の治癒力」であり、
これが心的外傷後成長の原動力とも言える力です。

ところが、この心的外傷後成長というすばらしい考え方も一歩間違えると、
より一層人を苦しめることになりかねません。
つらい経験を乗り越えた人の話しはとても感動的であり、
私たちに勇気や希望を与えてくれます。

しかしそう思えるのは、今現在、健康的に暮らせている人であって、
今まさに、苦しみの真っ最中にいる人にとって、
そのようなきれい事の話しは、
苦悩にさらなる追い打ちをかけるようなものです。
なぜならば、今苦しんでいる人にとって、そのような話しは、
「お前ももっとがんばって、この苦しみを乗り越えてみろ」
というようにしか聞こえないからです。

よく「神様は乗り越えられないような試練はお与えになりません」
という言葉を聞きますが、これも普通の人が聞くと、
勇気と励ましの言葉として受け止めることができるので、
よし、がんばろうという気持ちになります。

ところが、今苦しみの真っ最中にいる人からすると、
「なんで、あなたに私の苦しみがわかるっていうの!」
「わかりもしないのに、そんなわかったようなことは言わないで!」
といった怒りや反発を引き起こす言葉になってしまうのです。
言っている本人は、少しでも励ましてあげよう、
力づけてあげようという思いから言っているのでしょうが、
それは全くの逆効果なのです。

心的外傷後成長という概念もこれと同じです。
自分が苦難を乗り越え、
ある程度の段階までたどり着いたときにふと気づくものであり、
苦難を乗り越えている最中の人にとって、
「苦悩が人を成長させる」などと言っても何の役にも立たちません。
それどころか、自分のつらさをわかってもらえないという思いを募らせ、
より一層相手を落ち込ませてしまうのが関の山です。

そうではなくて、苦悩の真っ最中にいる人に対しては、
先ずは今のつらさや苦しみを認めてあげ、
ただ一緒にいてあげる、それだけでいいのです。
いずれにせよ、人は自分の苦難や苦悩と向き合っていかなくてはなりません。
その苦しみに耐えながらも、何とか前に進まざるをえませんし、
その真っ只中にいるときが、最もつらく苦しいときなのです。
そんなときに、安易な慰めの言葉やきれい事の話しなど一切不要です。
今の苦悩を認めてあげる、理解してあげる、それだけで十分です。

そして、ある程度、時が経ち、少し落ち着いてきた状況を見計らって、
「つらい中、よくここまでやってこられたね」といった、
ねぎらいの言葉をひと言かけてあげれば、
それだけで人は十分に癒されるのです。
それでよいのです。

私たちは、つらい思いをしている人を見ると、
つい、きれい事ことを並べがちです。
しかしそれがどんなに人を苦しめているのか、
一度じっくりと考える必要があるのではないでしょうか。
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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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