人と自分

2011年04月28日08:35

先日、ホリスティックコミュニケーション実践セミナーが無事終了しました。
東京は3回目が終わり、京都ではすでに10回を数えました。
参加者の皆さんからも、とてもよかったと喜んでもらえたので、
私としても本当にうれしい限りです。
次回はさらによいものにしていこうという思いを新たにした次第です。

このセミナーでは、私が毎回デモンストレーションを見せるのですが、
クライエントになるのは参加者のみなさんです。
当然、今自分が抱えている実際の問題をその場で出してもらうことになります。
毎回、些細な問題から深刻な問題まで様々ですが、
その都度、どのようにしてその問題をうまく解決していこうかと、
あれこれ考えながらデモをしていくので、
私にとってはとても刺激的な時間なのです。

このセミナーに参加されたことがない方は、
たかがデモだと思うかもしれませんが、
自分で言うのもなんですが、これが、なかなかなのです。
実際に抱えている問題を出してもらうため、
このデモがきっかけで、気持ちがとても楽になったとか、
悩みや問題が解消したという人はたくさんいます。
中には、人生が大きく変わったいう参加者もおり、
実際、彼女ができないという問題を語ってくれた参加者は
それがきっかけですぐに彼女ができ、昨年無事結婚しました。

このセミナーは問題解決のためのテクニックを学ぶために
参加される方が一般的なのですが、
実際には、自分自身を癒すことにも役立つセミナーだと思っています。
参加者の皆さんはセラピストの方々が多いのですが、
普段、人を癒す立場のセラピストも実はたくさんの悩みや問題を抱えています。
だからこそ、自分自身が癒されるという機会も必要なのです。
このセミナーはその一端を担っていると自負しています。

さて、そう言う私自身も当然のことながらたくさんの問題を抱えています。
セミナーでは、私自身がクライエントになり、
参加者に私の問題を聴いてもらい、それを解決してもらうというワークもします。
もちろんまだ上手くできないので、すぐさま解決に結びつくわけではありませんが、
それでも、この3年間で私の気持ちもずいぶんと楽になってきたのは事実です。
私としては、それで十分だと思っています。

以前はよく「自分のことができずして、どうして人のことができるのか」
と、思っていた時期がありました。
でも、今は全くそのような思いはありません。
教師の子どもが登校拒否になったり、弁護士の子どもが犯罪を犯したりしても、
決して珍しいことではありません。
当然、心の問題を解決するカウンセラーが
自分の家族や職場の人間関係で悩んでいても、何ら不思議ではありません。
どんなにすばらしく見える人でも、所詮、人は人です。
他人に対しては理想的なかかわりができる人でも、
自分のことや身内に対しては、なかなか同じようにはかかわれないものです。

私自身、これはよく感じます。
セミナーに来る参加者の問題は、それなりに上手に解決できても
こと自分の問題になると、全くの素人に成り下がってしまうのです。
子どもの態度に怒りをぶつけたり、周りの態度に不満を持ったりと、
いけないなと思いながらも、ついそうしてしまうのです。
もちろん、問題解決のための知識や技術はそれなりにあるので、
私がこの問題を解決しようと思えば、できないことはないかもしれません。
しかし、なかなか、その「やろう」という気が出てこないのです。

これは明らかに、セミナーの参加者や患者さんに対する態度とは異なります。
第三者に対しては、ごく自然に冷静な対応ができるのですが、
自分自身に対しては、それがなかなかできないのです。
でも、もしこれが、他のセラピストにかかわってもらうとしたならば、
状況は全く異なると思います。
私自身、よしやってみようという思いがわき上がり、
問題の解決に向かって大きく前進する可能性は大いにあります。

つまり、自分の問題を少し離れたところから、
客観的、かつ受容的に見てくれる人にかかわってもらえるならば、
問題に対する解決の方向性が見えてくるのです。
逆の言い方をするならば、問題を抱えているという状態のままで、
感情や主観を入れずに、その問題を見つめるというのは至難の業です。
だからこそ、問題を抱えている自分自身に対して、
自分がセラピーをするというのは極めて難しいのです。

第三者の視点から、自分の問題を見つめることができたならば、
ある程度は問題の解決に結びつけることができるでしょう。
そのためのセルフワークのような本も売っていますし、
外在化といい、自分を外から眺めるというテクニックもあるので、
やろうと思えば、それも可能かもしれません。
でも、それらに取り組むことを決意するのも、また自分なのです。

そう考えていくと、私が自分の問題に積極的に取り組んでいないというのは、
困っている、悩んでいると言いながらも、
本音の部分では、まだそれ程深刻には思っておらず、
本気になって取り組まなくてはいけない程の、
大きな問題ではないと思っているのかもしれません。

そうであるならば、あとは自分が「やばい!」と思う時を待つしかありません。
きっとその時には、自分の持ち味をフルに活かして、
今自分が抱えている問題の解決に全力を傾けていくことでしょう。
問題が大きくならないうちに対処していく方が賢明だと思うのですが、
それがなかなかできないのが凡人の悲しいところです。
その意味では、私は立派な凡人だと思います。
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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体


プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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