心の変遷

2010年03月26日07:30

私はあまり「感謝」が好きではなかった。
と言っても、実は高校や大学時代はよく感謝していた。
嫌なことがあっても、感謝が大切だと思い感謝をしていた。
昔から自己啓発や成功哲学の本が好きで
それらには必ず感謝の大切さが書いてあったからだ。

しかし30代の頃から状況が変わった。
いつしか「感謝しなければならない」に変わっていたのだ。
嫌なことがあっても、辛いことがあっても
感謝するというのはとても大切な姿勢だが、
それがいつしか義務感になり、心の足かせになってきた。

今まで理想論を掲げ、それなりに努力をしてきたつもりだったが
どこか自分では無理をしているという思いがぬぐい去れなかった。
そんなあるとき、ふと思った。もう理想論は捨てよう、と。
何にも縛られずに、もっと自由に生きようと、そう思い立ったのだ。

それからは毎年やっていた「今年の目標」を立てることもやめてしまった。
やりたいと思ったものを、やりたいときにやる。
やりたくなかったらやらない。
すべて自然に流れに任そうと思ったのだ。

それから自分の流れが変わったように思う。
もともと心理療法に興味があった私は、それにのめり込んだ。
色々な本を読み、様々な方法を学んでいった。
それをすぐさま患者さんに試していた。それが楽しかった。
余計なことは考えず、毎日を楽しんでいた。

そのうち自然と本を書かないかという話が舞い込んできた。
39歳に時に書いた「人は自分を癒す力を持っている」がそれだ。
43歳で緩和ケアに移ったが、それも降ってわいたような話だった。
すべて流れに身を任せていたら、自然とそうなったのだ。

そんなこともあり、感謝が大切!不平不満を言ってはいけない!といった、
当たり前なことに、反発心を感じていた。
ありがたくもないことに感謝する必要なんかない!
不平不満があれば言ったって良いではないか!
理想論だけでは人は生きていけない!
もっと自由に生きていればいいんだ!
この20年はそんな思いでずっと生きてきた。
理想論を求めていた自分への反動だったのかもしれない。

そんな自分にも転機が訪れた。
緩和ケア病棟に移ってきてからは、何かと問題が出てきたのだ。
もともと楽観的な私はあまりストレスを感じたことがなかった。
心療内科時代はほとんど怒った経験もなかった。いつも穏やかだった。
それが緩和に来てから状況が大きく変わった。
ストレスに感じることも多く、しばしばムッとくるようになったのだ。
白髪が一気に増えたのも、そのせいだったのかもしれない。

ほとんど一人で動いていた心療内科時代とは異なり、
緩和ケアに来てからは様々な人たちと関わるようになった。
当然のことながら、意見の相違が出てくる。
患者さんに対しては「それでいいですよ」と言えるが、
自分と意見の対立している人にはそうは言えない。
嫌なことは嫌なのだ。そこには感情も関与していた。

周囲にいる人が、必ずしもいい人ばかりとは限らない。
組織の中にいれば当然のことだ。不平不満も出てくる。
「人は自分の心の鏡」とか「苦難は自分を高めるチャンス」と思ってみても
自分は聖人君子なんかではない!という思いが顔を出す。
「そんなことができたら、とっくのとうにやっている!」
「それができないからみんな苦労しているんだ!」
私が講演でいつも言っている言葉だが、
それが自分への慰めにもなっていた。

しかしそんな状態が7年も続くと
さすがに自然の流れにまかすだけの生き方に限界を感じてきた。
何とかしなくては、という思いが強くなってきたのだ。
自らが動き出さないことには、どうにもならないと思うようになってきた。
人を変えようとしても、変わらないことはよくわかっている。
自分が変わる以外どうしようもないこともわかっている。

2年前からホリスティックコミュニケーション実践セミナーをはじめ、
問題を解決するためにはどうしたらよいのかということについて、
いろいろな話をしたり実習やデモをしたりして教えているのだが、
それらをやりながら、知らず知らずのうちに
自分自身の問題解決にも思いを巡らせていた。
問題を解決するための大切なポイントのひとつに
大きな変化ではなく「ほんの小さな第一歩」が重要、というのがある。

次第に私は、今の自分を変えるためにできる
ほんの小さな第一歩は何だろうかと考えるようになった。
嫌だと思う人に、優しい言葉をかけるなんてとてもできない。
大きな声で挨拶をする、というのも私には合わない。
ありがとうと、と言葉に出して言うというのも恥ずかしい。

どんなことならできるのだろうかと、あれこれ考えているうちに
内気な私にとって、人に何かをしてあげるというのはどうも苦手だが
自分の中で何かを思うというのならできそうだと思った。
そこで行き着いたのが、私の嫌いだった「感謝」だったのだ。

最近色々な本を読んでいるが
佐藤富雄さんも西田文郎さんも小林正観さんも
みなさん「感謝」の重要性を説いている。
感謝の思いが持てるようになれば、ものの見え方が変わってくる。
ものの見え方が変わってくれば、自分の行動も変わってくる。
自分の行動が変われば、周りの状況も必ず変わる。

佐藤さんらが提案している感謝ノートもとてもよいと思ったが、
私は、自分にできるほんの小さな最初の一歩は
まず「感謝するふりをする」ということに決めた。
本気で感謝しなくても「ふり」でよいわけだ。
それも心の中で思うだけでよい。
これならできそうだと思った。

でも、自分の人生を振り返ってみると
最初は理想論から出発し、
次に思うがままの自由な生き方に自分を見いだし、
再び、感謝などという理想論的な道を選択し始めた。
でも学生の頃に思っていた感謝の思いと、
今感じている感謝の思いは明らかに違う気がする。

やはりものごとは、一方向的な考えだけではうまくいかないと思った。
相反する両者を経験してこそ、その時に必要な対応ができるようになるのだ。
西洋医学と代替医療の関係にも似ている気がする。
両者のよさを知ってこそ、本当の意味での医療ができるのだ。

私はまだ自由さと理想論との融合ができているわけではないが、
少なくともその両者は経験している。
今後はもう少し自分を見つめながら、
真の融合ができることを夢見て前に進んでいきたいと思っている。
あくまでも自然の流れに乗りつつ、
でもちょっぴりだけがんばってみことにする。
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プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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