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マスクさん、ごめんなさい

2020年05月31日16:43

とりあえず、新型コロナウイルスの感染は、
今はどうにか落ち着いてきたようです。

もちろん、今後第2波、第3波が
来る可能性はあるので
予断を許さない状況は続いています。

それはそうと、
コロナ騒動が始まってから、
マスクを着ける着けないに関しては、
その理解や対応が目まぐるしく変わっており、
それを見ていると、
私はマスクが何とも気の毒に思えてきました。

当初のマスクに対する理解はこうです。
自分が感染者である場合は、
人にうつす可能性を軽減するため、
マスクをつける必要はあります。

しかし、自分が感染者ではない場合は、
一般のマスクで感染を防ぐことはできないので、
あまり意味がないと言われ、
少なくとも諸外国では、
その着用はあまり勧められていませんでした。

もっとも、日本の場合は、
マスクをしていれば、
感染の予防になるという誤解も手伝ってか
感染が広がっていない段階から
多くの日本人はマスクをしていました。

しかしこの段階では、
政府も咳エチケットへの対応は呼びかけていましたが、
マスクを着けるようにとは言っていませんでした。

外国人からすると、
感染もしていないのに、
みんなマスクをするなんて、
日本人は変な国民だと思われていたようです。

ところが、世界的に感染が広がり、
感染者や死者の数が圧倒的に少ない日本を見て、
マスクの重要性を見直そうという機運が高まり、
世界中の人がマスクをするようになりました。

当然、日本でも今まで以上に
感染への不安の強まりから
ほとんどの人がマスクをするようになりました。

その結果、マスクの需要は急増し、
本来必要な医療現場で使用するマスクまでもが
不足する事態になりました。

もともと医療現場では、
マスクの着用は当たり前でしたし、
感染のリスクを減らすためには、
頻回にマスクを取り換えることが
推奨されていました。

ところが、マスクが不足してくると
1日に1枚にして下さいとか、
場合によっては数日に1枚で
お願いしますと言い始めたのです。

さらには、患者さんと直接かかわらない場合は、
マスクの着用はしないで下さいとまで
言われているときもありました。

つまり、多少、感染のリスクが上がっても、
マスクがなくなってしまうともっと困るので、
なるべく大切に使ってくださいという言い方に
変わってきたのです。

その後、マスクが十分量供給されるようになり、
感染拡大も抑えられてくると、
医療現場でも、
そこまで厳しく言われることはなくなりました。

一方、一般の人たちは当然のごとく
外出するときはマスクをしていました。

マスクをせずに歩いていたりすると
白い目で見られたり、
時にはトラブルになったりもしました。
それくらい、外出時には
マスクをしなければならないという雰囲気があり、
その傾向は今でも続いています。

ただ、一人で人通りの少ない道を歩いたり、
散歩したりするときは、
3密は全く関係ないので
本来はマスクをする必要はないと思うのですが、
それでも当たり前のように
ほとんどの人はマスクをして外を歩いています。

そんな折、マスクをして運動していた生徒3人が
亡くなったという報道がされるや否や、
今度は、運動中は
マスクをしなくても構わないということを
政府が言い始めました。

さらには、これから夏場を迎えるにあたり、
マスクをして外出することで、
熱中症になる率が高まるため、
外を歩いているときのように
3密が避けられる時には、
マスクはしないで過ごしましょう、
という話になりました。

確かに、毎年1,000人前後の人が
熱中症で亡くなるので、
新型コロナウイルスの予防のことを考え
マスクをして出歩くようなことをすれば、
感染による死亡者数を上回る死者が出てしまい、
何のためのマスクの着用か
わからなくなるというわけです。

このように、マスクの着用に関しては、
その時その時の理解や解釈、出来事により
コロコロ変わっていきました。

マスクの側からすれば、
人間の都合で、着けるべきだと言われたり、
着けない方がいいと言われたりと、
さぞかし、人間という生き物は
自分勝手だと思っていることでしょう。

確かにマスクの言い分もわかります。
例えば、私たちは飲食店には
マスクをして入るのが当然ですが、
食事をするときは誰もがマスクを外します。

店内で食事をしているときと、
外を歩いているときとでは、
当然、店内で食事をしているときの方が
感染のリスクは高くなります。

しかしまさか、
マスクを着けながら食事はできないので、
こういう時は感染のリスクのことには目をつぶり、
当たり前のようにマスクを外すことになります。

一方、最も3密の状況になる可能性の高い自宅では
多くの人はマスクをしていないと思われます。

家族のメンバーであっても、
各々が毎日、異なった行動を取っていのですから、
一般の人と同様に感染のリスクはあります。

感染のリスクのことを考えるのであれば、
本来は当然、自宅でも
マスクをして過ごすべきでしょう。

しかし、家族は感染していないと信じているのか、
はたまた、自宅にいるときにまで、
マスクをするのは煩わしいと思うのか、
マスクをせずに自宅で過ごしている人がほとんどですし、
政府もそこまでは言いません。

このようなことを考えると、
確かに、感染予防の観点から
マスクを着けろと言いながら、
生活に不都合だと思われる場面では、
感染予防のことは目をつむるわけですから、
人間は自分の都合で動いていると言われても
致し方ありません。

ですから私は謝ります。
マスクさん、われわれの身勝手な都合で、
あなたを翻弄してしまい、
本当に申し訳ございません。
人類を代表してお詫び申し上げます。


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自由意思による選択は幸か不幸か

2018年11月30日13:19

私たちの日常は選択の連続です。
着るものから食べるもの、
どの仕事からかたづけるのか、
休みの日は何をするのか等々、
選択の繰り返しの日々を送っています。

数あるものの中から、
自分の意志で選択ができるということは
自分にとって最良のものを
選べるわけですから
とても幸せなことのように思われます。

ところが、実はそこに様々な誤解が
存在しているのです。

例えばインドでは今も
両親が結婚相手を決めるということは
普通に行われているようですが、
そのような取り決め婚と恋愛結婚とでは
どちらの方が幸せなのでしょうか。

実はこの調査は
ラージャスターン大学の心理学者
ウシャ・グプタとプーシバ・シングにより
すでにインドで行われています。

インドのジャイプール市で、
50組の夫婦を対象にしたものですが、
このうちの半数は取り決め婚、
つまり親が相手を決める結婚であり、
残りの半数は恋愛結婚でした。

結婚期間は1年から20年と
開きがありましたが、
どちらの方が幸せなのかを調査しました。

すると面白い結果が出ました。
恋愛結婚をした夫婦のスコアは、
結婚期間が1年以内の場合は91点満点中
平均70点でしたが、
結婚期間が長くなるにつれ
スコアは徐々に低下し、
10年を越えると40点しかありませんでした。

一方取り決め婚の夫婦は、
結婚したときは平均で58点と
それ程高くはなかったのですが、
期間が長くなるにつれスコアが上がり、
10年を越えた時点では
68点になっていたのです。

結婚相手くらい、
自分で決めたいと思うし、
それができなければとても不幸だと
思われがちですが、
長い目で見ると、
現実は必ずしもそうでもないようです。

確かに、恋愛結婚はたいていの場合、
減点方式で相手を評価することになるので、
結婚年数が長くなれば長くなるほど、
相手への評価は下がる傾向にあります。

一方、取り決め婚の場合は、
最初は、あまり期待して
いなかったかもしれませんが、
次第に相手のことがわかってくると、
お互いの理解が深まり、
最初の頃よりも幸せを強く
感じるようになるのかもしれません。

この場合は、加点方式で相手を
評価している可能性があります。

どのような評価をしているにせよ、
自分の意志で選択した結婚が、
選択の余地がない取り決め婚よりも
幸せを感じるとは限らないということです。

仕事もそうですが、
自分がやりたいと思って始めた仕事でも、
実際にやってみると、
思っていたのと違っていたとかいうことは
よくあります。

逆に、思ってもいなかった仕事を
せざるをえなくなったにもかかわらず、
やってみると結構面白くなり、
いつの間にやりその仕事が大好きに
なったということもあります。

自分の意志で選択するのか、
人に言われたままに従うのか、
どちらがよいのかなんて、
そう簡単には言えないものなのです。


テーマ : モノの見方、考え方。
ジャンル : 心と身体

ノーベル賞報道に対する喜びと心配

2018年10月02日16:26

先日、ノーベル医学生理学賞が発表され、
京都大学特別教授の本庶佑さんが受賞しました。
彼が発見した免疫にかかわるタンパク質「PD-1」が
今話題の新薬である「オプジーボ」の開発につながっています。
日本人がまたノーベル賞を受賞できたということは
とても嬉しいことです。

2011年にはラルフ・スタインマンが
樹状細胞の役割を解明したということで、
同じくノーベル医学生理学賞を受賞しています。
こちらは、樹状細胞がんワクチン療法という、
オプジーボと同様、
がんに対する免疫療法の開発につながっています。

ただし、樹状細胞ワクチン療法は、
保険診療では認めてられていないため、
すべて自由診療による治療になります。

そのため治療を受けるとなると全て個人負担となり、
施設によっても異なりますが、
治療費は1クール数百万円かかります。

一方、オプジーボは保険診療で受けられる治療なので、
患者さんの負担は実際にかかる費用の1割~3割になります。
当初オプジーボは、年間3000万円以上かかる薬でした。

今は薬価の値下げによりだいぶ安くなり、
来月からはさらに値下がりしますが、
それでも、1回30万円前後はかかります。

これを2週間に1回、治療を受けるのですが、
仮に1年間続けたとすると約720万であり、
1割負担だとすると患者さんは年間72万円の支払いになり、
月々6万年程度の支払になります。
残りの費用は健康保険で賄われることになり、
それらは国民の税金により支払われることになります。

樹状細胞ワクチン療法のように、
治療を希望する人が全額負担するのと異なり、
医療保険で賄われる治療に関しては、
患者さん自身にはあまり負担がかからないかわりに、
国民みんなの税金でその負担を受けることになります。

治療が高額になればなるほど、
医療保険で支払われる額も高額になり、
そうなると、いずれは国民健康保険制度が崩壊することにも
なりかねません。

今は、ノーベル賞を取ったことで
オプジーボのよい面ばかりに目が向けられていますし、
その勢いに乗って、今後はさらに
オプジーボで治療されるがん患者さんも増えてくると思います。

もてはやされればされるほど、
どんどん医療費は高騰し、国の財政を圧迫することになります。
みんながノーベル賞受賞を喜んでいるのを見て、
ちょっと心配になってしまうのは私だけでしょうか。


内向的な性格を楽しむ

2018年04月26日20:04

前回は「孤独のすすめ」について書きました。
今回は、それに関連する内向性について書きたいと思います。

私は、前回も書いたように
セミナーなどでは明るく楽しく話をしますし、
飲み会でもよく飲んで、よくしゃべります。

でも実は一人でいるときがいちばん好きなのです。
周りのことに気を遣うこともなく
自分の好きなことを自由にできるからです。
自分は外向的な性格か、内向的な性格かと言われたら、
間違いなく内向的な性格です。

一般的に内向的な性格よりも外向的な性格の方が
よいように思われがちですが、そんなことはありません。

確かに、外向的な性格の方が明るいし社交的で目立ちます。
それはそれでよいのですが、
内向的な性格にもよい点がたくさんあります。

例えば、じっくりと考えるのが得意だとか、
本を読んだり勉強や研究をしたりするのが好きだとか、
知的な作業やクリエイティブな活動が得意だとか、
自制心や思慮深さがあるといったような点が
内向性の長所と言えましょう。

ところが、このような内向的な性格であるにもかかわらず、
私のようにセミナーや飲み会の席では
なぜ外向的になるのでしょうか。

それは、人は自分が強い関心を持っていることには
雄弁になるからです。
私は心療内科医の時に心理療法のおもしろさに目覚め、
以来、コミュニケーションや心理療法に強い関心を持ち続けています。

その証拠に、16年程前に緩和ケア医になりましたが、
その間も心理療法への思いは忘れることができず、
それからもずっと自分なりに本を読んだりしていました。

つまり、私にとってコミュニケーションや心理療法は
自分が最も強い関心を持っているものだと言えます。
だからこそ、コミュニケーションのセミナーまで開催するようになり、
それを大いに楽しんでいるのです。

セミナーに参加している人たちからすれば、
私はとても社交的で外向的なように
見えるのかもしれませんが、
それはあくまでも自分がとても関心のあることについて
語っているからです。

皆さんも同じだと思います。
釣りや野球、音楽、料理、絵画、歴史と好きなものは人それぞれですが、
それがたまらなく好きだというテーマに関して話をしているときは
誰でも外向的になり社交的になれるのです。

ですから、内向的な人は
普段は一人で本を読んだり、考え事をしたりと、
内向性本来のよさを活かして、
それを十分に楽しめばよいのです。

その一方で、自分がとても得意なことに関しては
同じことに興味のある仲間と一緒に
大いに語り合い、大いに楽しんだらよいのです。
そのときは普段は影をひそめている
自分の中の外向性が大いに力を発揮してくれます。

全てのことに明るく社交的に振る舞うのは
内向的な人間に取っては苦痛以外のなのものでもありません。
ですから、そんなことはする必要はありません。

普段は内向的に振る舞い、
大好きなことに関しては外向的に振る舞うことができるのが
内向的な人間です。
その点を十分に理解した上で、
内向性を大いに楽んだらよいのです。

自分が内向的だと思っている皆さん、
大いに内向性を楽しもうではないですか。


理想論は嫌いだ!

2017年11月29日05:49

私は理想論やきれい事を言う人を
どうしても好きになれません。

心療内科や緩和ケアの分野でもそうですが、
教科書に書いてあるような
理想論やきれい事は
実際には全く役に立たないことが
しばしばあると感じているからです。

もっとも典型的な理想論は、
「前向きな気持ちを持つ」、
つまり「ポジティブシンキング」です。
もともと前向きな人は、
当然、ポジティブシンキングで生きています。
辛いことや苦しいこと、困難なことがあっても、
何とかしてそれを乗り越えることはできます。

しかし、それは「前向きな気持ち」を
持っている人に言えることであり、
心配性の人や自分に自信のない人、
ネガティブ思考のひとは、
当然のことながら、
前向きな気持ちなど持てません。

それをあたかも
「前向きな気持ち」を持てるように
なるべきだと言わんばかりに、
その大切さをやたらと語る人がいます。

このような人は、多分
現実が全くわかっていないのか、
「前向き」教の信者さんなのではないかと
疑ってしまいます。

大切なのは、
「前向きな気持ちを持て」と言うことではなく、
どうしたらそのようなものの考え方が
できるようになるのかを
教えてあげることだと思うのです。

「感謝の気持ちを持て」というのも同様です。
ありがたいと思えることには誰だって
感謝の気持ちを持つことができるでしょうが、
嫌だったり不快だったりすることに対しても
感謝が大切だなどと言われると、
この人は現実離れしている人だなと
思ってしまうのです。

もちろん、感謝の気持ちを持つことが
大切だということは百も承知ですし、
私だってそう思っています。

ただし、そのことと、
何事に対しても感謝の気持ちを持って
日々を生きていけるということとは
全くの別問題なのです。

いくら「前向き」だの「感謝」だの
理想論を掲げても、
それが実際にできるか否かは
全く次元の違う話なのです。

つまり、できない理想論を掲げ、
それを実行しろと言うのは、
実現不可能なことをしろと
言っているようなものであり、
そんなことを言っても
できないと思っている人にとっては
よりネガティブな気持ちになるのが関の山です。

できない人に対しては、
とにかくやれと言うのではなく、
「そう簡単にできることではないので、
今はできなくてもいいよ」と
言ってあげるところから出発しないと、
人は変わらないのです。

人が変わるためには、
無意識レベルに影響を及ぼす多くの経験と
思い込みに変化をもたらす
知識の積み重ね必要であり、
その上で適切な時期やタイミングで
「きっかけ」となることがあってこそ
初めて人は変わるのです。

そのような準備ができていないときに、
いくら前向きな気持ちが大切だの、
感謝が大切だのと言われても、
反発心が湧き上がってくるだけなのです。

ここが机上の空論である理想論やきれい事と
実際に人とかかわるときの違いです。
人間は心を持った生き物であり、
機械やロボットではありません。
「感謝」と入力すれば、
感謝ができるというわけではないのです。

「今は無理に感謝の気持ちを持つ必要はない」と
言ってあげることにより、人は気持ちが楽になり、
だからこそ、何かのきっかけで感謝の気持ちに
目が向く可能性が高くなるというものです。

こうすべきだと言われても人は変わりませが、
「北風と太陽」の話しのように、
相手が自ずと目指すべき方向に動き出すためには
どうしたらよいかという視点で
物事は考えていく必要があるのです。

理想論を言っている人は、
そのあたりが理解できていないのではないかと
私はいつも思ってしまうのです。


テーマ : モノの見方、考え方。
ジャンル : 心と身体


プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://kuromarutakaharu.com

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