映画「東京物語」を見て

2016年02月29日08:06

先日、午前十時の映画祭でやっている「東京物語」を見てきました。
この映画は、2012年の英国映画協会による
世界の映画監督358人が選ぶ「最も偉大な映画」1位に輝いた作品であり、
言わずと知れた日本映画の最高傑作のひとつです。

終戦から8年後、私が生まれる6年前の昭和28年という大昔?に公開された
小津安二郎監督の代表作品です。
尾道(広島)から上京してきた老夫婦を演じたのは笠智衆と東山千栄子、
そして戦死した次男の妻を演じたのは
昨年9月5日に95歳で亡くなった原節子でした。

とにかく映画全体に昭和の懐かしさが満ちあふれており、
白黒テレビやレコードで育った私にとって、
何とも言えぬ素朴さと純真さが心に染み入る映画でした。

この時代はまだテレビはありませんでしたし、
冷蔵庫や洗濯機も高価でほとんど普及していませんでした。

掃除と言えばバケツや雑巾、はたきやほうきですし、
夏は蚊取り線香とうちわが必需品、
急を知らせるのは電報で、最後の看取りは自宅という、
そんな日常を人々は生きていました。

また、いくつか印象に残ったシーンがありました。
原節子が一人で住む四畳半ひと間のアパートに
老夫婦が遊びに来たのですが何も出すものがないため、
お隣さんのところに行き、お酒と徳利を借りに行きます。
その際、「これも持って行く?」と言われ、
渡されたのがビーマンの煮物でした。

それを部屋に持ち帰り、お酒を温め、
老夫婦にお酒とピーマンの煮物を振る舞うのです。
「ん~うまい」と言いながら、
お猪口をすすっている父親のその表情が何とも言えませんでした。

出されたものは質素以外の何ものでもないのですが、
そこには心づくしのもてなしがあり、
だからこそ、隣から拝借したお酒でも、
この上ないおいしさを感じたのではないのでしょうか。

一方、開業医となっている長男や美容院を営む長女のところに行ったときには、
「肉でも食べさせておいたらそれでいいんじゃない」といった、
どこかめんどうくさそうな対応でした。

食事の中身は高級であろうが質素であろうが、
もてなす側の気持ちいかんで、
おいしさや満足感は大きく変わるものだということを
このシーンを見てつくづく感じました。

それからこの映画では、時間の流れの緩急の対比も印象的でした。
老夫婦は尾道から夜行列車に乗って
15時間かけて昼過ぎに東京に着いたのですが、
今なら新幹線で日帰りも可能です。

その後、長男夫婦の休日を利用して、
東京見物に連れて行ってあげると言われながらも、
急の往診が入り行けなくなってしまい、
その後の数日は、二階の部屋で一日を過ごすことになってしまうのです。

テレビもありませんし、あまり出歩くこともできません。
そんな状況の中、父親が物干し台に上り
外を眺めているシーンがありましたが、
これがとても印象的でした。
子供たちがバタバタと忙しくしているのとは正反対に、
老夫婦の時間の流れは何ともゆるやかなのです。

他にも、二人にずっといられるのを煩わしく思った長男長女は、
熱海の旅館に行ってきたらどうかと提案、
それに従い出かけるのですが、
そこでも、他の若い客の騒がしさにはなじめず、
二人で海岸に行き、ずっと海をながめていました。

これらのシーンには、
忙しい子供たちに迷惑をかけてはいけないという気遣いと、
一方で、厄介者に思われているんだなという寂しさ、
そして、近い将来訪れるであろう死の予感も相まって、
ゆったりと流れる時間の中にも、
どこか哀愁が漂っていました。

この映画を見ていると、ふと思い出す患者さんがいました。
家に帰ることもままならず、
ずっと緩和ケア病棟に入院していたその患者さんは、
毎日30分の足浴と三食の食事が一日の楽しみであり、
その他のほとんどの時間は、外の景色をながめながら過ごしていました。
それでいて、いつもニコニコしているのです。
なんか、この老夫婦と重なり合うものを感じました。

私たちは、日常や仕事で多忙な毎日を送っていることもあり、
なかなかこのような時間の流れを経験することはありません。
でも、時々は立ち止まって、「今」というときにじっと佇み、
物思いにふけったり、家族や周りの人たちとのつながりに思いを馳せたり、
そんな時間を持つことも大切なのかもしれないと思いました。

世知辛い現代社会に生き、やれ経済成長だの、
やれ三つ星レストランだのと言っているのを聞いていると、
いつも、どこかしっくりこないものを感じていました。

でもこの映画を見て、その違和感の意味がわかりました。
私には豪華さや華やかさよりも、
質素さや素朴さの方があっているのです。
そちらの方が親しみや安らぎを感じるのです。

また、明るく楽しいのもよいのですが、
その一方で哀愁やもの悲しさにも惹かれます。

私は人生の根底には哀愁があると思っています。
年を取ってくれば、誰でもその現実が見えてきます。
だからこそ、目を背けずにしっかりと受けとめたいのです。

素朴さと哀愁、この二つの大切さを
「東京物語」は私に教えてくれた気がしました。

なお「東京物語」は「第三回 新午前十時の映画祭」
3月18日までやっています。
よかったら是非一度、スクリーンで見てみて下さい。

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映画「海難1890」を見て

2015年12月08日18:15

以前から、エルトゥールル号海難事故の話は知っていたので、
それが映画になることを知って、見るのをとても楽しみにしていました。

いや~感動しました!
結構泣きました。

今から125年前の1890年に、
トルコ(オスマン帝国)の親善使節団を乗せた船が台風に巻き込まれ、
和歌山県大島樫野崎(現:串本町)で座礁・沈没し、
500名以上が亡くなったという
当時としては世界最大規模の海難事故がありました。

その際、村人は台風の高波の中に身を投じて
漂流者を助け上げるなどの懸命な救助作業を行い、
69名もの命を救ったのでした。
さらに村人たちは貧しい生活をしていたにもかかわらず、
自分らの生活や食べ物を切り詰め、
生存者の看病にも献身的に尽くしました。

その後、生存者は日本の軍艦でトルコまで送り届けられ、
後日、トルコ政府から治療費の精算書を要請されたのですが、
治療に当たった村の医師は、
「初めから薬価治療費を請求する考えはなく、
ただ負傷者を助けたい一心で従事したことであるので、
全額遭難者へ寄付したい」という旨の手紙を書き送ったのでした。

トルコでは、この話は小学校の教科書にも載っており、
誰もが知っているそうです。
そんな100年以上も前の話が、
トルコ人の心には残っていたのでしょう。
それが30年前のイラン・イラク戦争の最中に起きた
日本人救出劇につながったのでした。

サダムフセインは、1985年3月17日午後8時30分に突然、
今から48時間後にイラン上空を「航空禁止区域」とし、
以後は、民間機、軍用機に関係なく無差別攻撃をすると発表しました。

当時、イランに取り残されていた日本人は300人以上おり、
一刻も早い帰国を願っていたのですが、
日本の政府は、自衛隊機を使うためには国会の承認が必要だから
すぐには無理だと言い、
また、日本航空も安全の保証ができない限り、
飛行機を飛ばすことはできないと言って乗り入れを断ってきました。
日本は、イランに残された日本人の救出が
できない状況に陥っていたのでした。

そんな中、トルコの救援機が最後の搭乗になることを知った日本大使館は、
トルコ政府と連絡を取り、日本人も乗せてほしいと頼みました。
その申し入れに対してトルコのオザル首相は、
トルコ機の追加派遣を決断しました。
このときパイロット全員が、命の危険を伴う派遣機の操縦を志願したのでした。

自国のトルコ人を乗せるための飛行機であったにもかかわらず、
トルコ政府は、命がけで日本人を救出する決断をしてくれたのでした。
さらに、自国機が到着したにもかかわらず、
トルコ人は日本人の搭乗を優先してくれたのでした。
こうしてイランにいた日本人は、無事帰国ができたのでした。

困難な状況の中で名誉も見返りも求めず、
ただ目の前の人を救おうとした、
125年前の日本人と30年前のトルコ人たち、
この両者の勇気と思いやりに感動せずにはいられませんでした。

映画でのラストシーンもとても印象的でした。
テヘランにある日本人学校の教師である春海が、
日本人脱出のために尽力したトルコ大使館職員のムラトに
空港で感謝を述べる場面があったのですが、
その時、ムラトが春海を見つめながら
「以前どこかで、こうしてお会いした気がするのですが…」
と言うのですが、それに対して春海も
「私も、そんな気がします」と返します。
(実際の正確な台詞は忘れましたが)

実はエルトゥールル号海難事故のシーンで
救命に当たっていた医師の助手であるハル(忽那汐里)という女性が、
懸命な救命処置によって海軍機関大尉のムスタファという男性を
助ける場面がありました。

その後ムスタファは、
村人の見返りを求めない献身的な行動に心打たれ、
その思いを胸にトルコに帰っていくのですが、
何と、このハルとムスタファ大尉、そして
イランからの脱出シーンに出てきた春海とトルコ大使館職員のムラトは
同じ役者さんがしていたのです!

最初は気づかなかったのですが、
「以前どこかで…」の台詞を聞いた瞬間気づきました。
まるで、当時の二人が生まれ変わり、
エルトゥールル号の事故の恩返しをするために
日本人をイランから救出するために尽力してくれたかのようでした。
そう思った瞬間、鳥肌が立つような感動を覚えました。

もしかしたら、そんな恩返しをするという役割や使命を担った人たちが、
世界中の至るところで生きているのかもしれません。
本人はまだ気づいていないかもしれませんが、
その時をみんな待っているのかもしれないと考えると、
よし、私も自分の使命が果たせるように、
今からその時のための準備をしておかなくてはという気になってきました。

皆さんは「海難1890」を見て、どんな思いを抱くでしょうか。


ビリギャル

2015年05月27日19:15

映画「ビリギャル」は、あまりに感動したので三回も見てしまいました。
「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話」
(坪田信貴著、KADOKAWA)というのが原本ですが、
ここに出てくる主人公のさやかちゃんの
発想のユニークさと天真爛漫さに魅了され、
何度も吹き出しながら、そしてちょっぴり目を潤ませながら
一気に読んでしまいました。
それが映画になることを知って、以来ずっと心待ちにしていました。

この映画のすばらしさはひと言では言えないのですが、
単純に、高二の夏の段階で
strongを「日曜日」と訳し(映画では「話しが長い」と訳していました)、
「Hi, Mike!」を「ヒー、ミケ」と読んでいた子が、
一年後の模擬試験で英語の偏差値が70を越えるまでになった、
というだけでも感動ものです。

一応、私も受験勉強を経験しているので、
これがどれくらいすごいことなのかよくわかります。
全国の受験生70万人の下から2%の成績の人が、1年後には上位2%に入る、
つまり67万人以上をごぼう抜きにしたということですから
信じがたい程の努力をしない限り、そんな成績はとれません。
これひとつだけでも十分涙が出てきます。
最近の彼女のインタビュー記事を見ると、
当時は毎日15時間勉強していたと言っていました。
それくらいしないと、こんな成績とれないよなあ~と、
改めて思いました。

もちろん、努力だけではこうはいかなかったと思います。
私は、彼女にはそれなりの才能があったとは思うのですが、
その才能に気づき、それを開花させた塾講師の坪田先生の存在なくして、
この物語はありえません。

彼女は、高二の段階で小四くらいの実力しかないとわかり、
まずはそこから勉強を始めていますが、
やり出したらすごいんです。
中学英語の復習を11日間で終え(映画では中学英語を3週間でマスター)、
その後すぐに、高校英語の勉強に取りかかっています。

これだけの力がある子が、学校では「人間のクズ」と言われ、
学年ビリに放置されていたのです。
それを引きだした坪田先生は、優秀な講師と言うよりも、
まさに人をやる気にさせるプロだと思いました。
坪田先生も本で書いていましたが、
彼は生徒をやる気にさせるための様々な心理テクニックを駆使しています。
この点も、この映画の見どころのひとつです。

ただ彼女の常識のなさと発想のおもしろさは超一流です。
東西南北がどちらの方向かを知らなかったり、
「ヘーアンキョウさんて何した人?」とたずねたり、
縄文時代の次が、少年時代と少女時代だったり、
「コーランは何語で書かれている?」という質問には
「1万5千語」(正解はアラビア語)と答えたりするのです。
でも、彼女の発想力の豊かさと頭の回転の速さを
坪田先生は見抜いていたのです。

勉強が面白くなってきた彼女は、だんだん実力がついてきました。
「地動説は誰が唱えた?」「コロンビア!」
(コロンブスと言いたかったのでしょうが、正解はコペルニクス)、
「ブラジルの首都は?」「カンボジア」(正解はブラジリア)と、
少しずつですが、まともな答えに近づけるようになっていったのですが、
それでもまだ慶応に受かるには、
どうしようもない程のレベルの低さでした。

特に近代史は致命的で、慶応受験の三ヶ月前でも
「福沢諭吉は何を作った人?」「電話でしょ!」
「違う!君の行きたいところだろうが!」(正解は慶應義塾大学)
「わかった、焼き鳥屋!?」(映画では「焼き肉屋」)
というレベルだったようです。
映画では十分笑えますが、現実を考えると全然笑えません。

坪田先生の、生徒の才能を引きだすやり方は天才的です。
教えるのではなく、やり方を教える、
興味の持つ話題でたとえ話をする、
「できた」という成功体験をさせる等々、
心理学のテクニックも駆使しながら、
生徒のやる気を引きだしているのです。

これくらいのテクニックなら、誰でもできそうな気もするのですが、
実は、もっと大切なことを意識的にしていました。
それは、生徒との信頼関係作りです。
初対面の生徒に対して、心の中で相手を抱きしめるイメージを描く、
どんな生徒に対しても、最初と最後にはきちんと挨拶をする、
言葉だけではなく、相手に合わせたほめ方をする、
生徒をよく見る等々、
様々な努力をして、その生徒との信頼関係を作っていました。

このような努力があってこそ、
はじめてやる気を引きだすテクニックが活きてくるのです。
このあたりの重要さは、医者患者関係でも全く同じことが言えるので、
坪田先生の言っていることはとてもよくわかります。

生徒をやる気にさせる方法には
ネガティブな思い込みをうまく利用するという方法もあります。
映画では、弁護士の父親に
「お前も将来は弁護士になるんだ!」と強要する父親に反抗して、
「オヤジの言いなりになんか絶対になるもんか!」と言って
一切勉強しなかった男子生徒が無理矢理塾に連れてこさせられて、
坪田先生と話しをしたら、みごとに坪田マジックにはまり、
勉強をがんばり始めるという場面があります。
ここで使ったテクニックなどはまさにこれです。
どんなテクニックを使ったかと言うと…それは映画を見てのお楽しみ!

そして、この映画のもうひとつの見所は
ああちゃん(お母さん)の、さやかさんに対する愛情の深さでしょう。
ああちゃんは、いつでも彼女の味方でしたし、
常に彼女のことを信じていましたし、
どんなときでも彼女を支え続けていました。
ああちゃんの存在なくして、
彼女は決してここまでやってこられなかっただろうし、
当然、慶応の合格もなかったと思います。

本人の努力はもちろん大切ですが、その原動力となるのは
その人の力を見抜き、引きだす人の存在、
その人を信じ支える人の存在、
そして、その人を見守り応援してくれる人たちの存在です。
そんな人たちの存在と自分の努力が相まって、
人はときとして
不可能を可能にする力を発揮することができるのだということを
この映画は教えてくれた気がします。

上映から三週間が経ちましたが、まだ映画館はほぼ満員でした。
周りでは、涙をぬぐう人たちがたくさんいました。
(私は、恥ずかしいので人知れずそっとぬぐっていました)
この映画は、一人でも多くの人に見てもらいたいと思います!
できたら、原本(文庫版はイマイチです)も読んでもらいたいです!
あなたの人生にも、きっと少なからぬ影響を与えてくれることでしょう!

平凡さの中の潜む非凡

2014年03月25日05:06

先日、映画「ワンチャンス」を見てきました。
いや~感動して涙が止まりませんでした。
でも、その一方で泣きながらもなぜか笑ってしまうシーンもあり、
大きな感動と同時に、安らぎや安堵感をももたらしてくれる、
そんな、暖かみのある映画でした。

これは、イギリスのオーディション番組
「ブリテンズ・ゴット・タレント」の第1シーズンの決勝大会で優勝した
ポール・ポッツの半生を描いた映画です。
その2年後、同じ番組に
さえないおばさんとして登場したスーザン・ボイルの映像と歌声が
YouTubeで9日間に1億回以上も視聴されたこともあり
今や世界的に知られている番組でもあります。

デブで内気でいじめられっ子だったポールは
子どもの頃からオペラ歌手になることが夢でした。
しかし現実は、そんなに甘いものではなく
番組に応募したときのポールはすでに36歳、
携帯ショップで働くごく普通の販売員に過ぎませんでした。

ポールは内気な性格でしたが、とても純粋な気持ちの持ち主でした。
生まれて初めてのガールフレンドであるジュルズと
1年間のメル友を経て、ようやく訪れた初デートのとき
彼女にプレゼントしたのが、なんと懐中電灯!
花を買おうとして花屋さんに行ったら、たまたま休み。
何かを買わなければと考え、思い立ったのがなぜか懐中電灯だったのです。
何とも、飾り気のないポールの素朴さを表すエピソードではありませんか。

その後、パブで耳にした街のコンテストに出場し優勝、
その優勝賞金でイタリアへ行き、
そこで世界的に有名なテノール歌手パヴァロッティの前で
歌うチャンスを掴みます。
ところがあまりの緊張のため声は上ずり、うまく歌えず、
結局はパヴァロッティに途中で歌うのをとめられてしまい、
「君はオペラ歌手にはなれないだろう」と言われショックを受けます。

失意のどん底で帰国したポールでしたが、
ジュルズとの結婚により幸せな時を取り戻します。
しかしそれを境に、病気や事故と、次々と不運に見舞われ、
もう完全に歌を諦めようと思っていた矢先に、
ネットでたまたま「ブリテンズ・ゴット・タレント」の広告を見つけ、
これが最後のチャンスだと思い、応募することにしました。

コンテストの実際の映像はYouTubeで見ることができますが、
鳥肌が立つとはまさにこのことです。
映画でもこの映像が使われていました。
是非、一度見てみて下さい、何度見ても感動します。
ポール・ポッツ、コンテスト予選YouTube映像

さて、どうしてこの映画にそんなにも感銘を受けたのでしょうか。
それはポール・ポッツという平凡な人物の中にある非凡さを
ものの見事に浮き彫りにしているからではないかと私は感じました。

ポール自身、お世辞にもかっこいいとかスタイルがいいとは言えません。
実際、コンテストで冴えない服で登場したポールがオペラを歌うと言ったとき、
客席からは失笑がもれ、
審査員も「この男がオペラなんて歌えるの?」という顔をしていました。
そんなポールの歌声を聴いた瞬間、会場は静まりかえり、どよめきが起き、
そして歓声と拍手の嵐が巻き起こりました。

最初の印象と、ポールから発せられる歌声とのギャップがあまりにも大きく
それが人々の心をわしづかみにしたのではないでしょうか。
ポールの自信なげで、どことなく冴えない雰囲気から、
一体誰が、あの歌声を想像することができたでしょうか。
ポールの歌声を聴いたとき、誰もが一瞬呆気にとられ、
それが次第に驚嘆と感動へと変わっていったのです。
まさに、平凡さの中に潜んでいた非凡さが認められた瞬間でした。
もしもポールが自信に満ちあふれたイケメンの青年であったならば
感動こそはすれ、鳥肌が立つほどの感銘は受けなかったと思います。

これが平凡さの魅力なのです。
だからこそ私は平凡さにとても心惹かれるのです。
確かに、イケメンや美人、目立つ人へのひがみや羨望もあるかもしれませんが、
平凡さの中にある内気さや自信のなさは、
確実に、ある種の癒しや安心感とつながっているのです。
平凡さだけでも、実は十分に人を惹きつける魅力を持っているのです。
また平凡な人の中には自信が持てないがために、
自分の中に潜んでいる非凡さの存在に
気づいていないということも少なくありません。

その非凡さには、天賦の才という要素もあるかもしれませんが、
それだけでは開花しません。
大好きなことをずっとやり続けているからこそ磨かれ、輝きを増し、
そしていつの日か、日の目を見ることになるのです。
それがどんなきっかけであれ、その非凡さに気づいたとき、
ちょっぴり驚くと同時に、少しだけ自分に自信が持てるようになるのです。
しかしその自信は、決して目立つことなく、あくまでも控えめな自信です。
平凡さの中にある非凡さだからこそ、静かに輝けるのです!

癒しや安堵感をもたらす平凡さの中に存在する光り輝く静かな非凡さ、
これこそが平凡さの中にある非凡の魅力なのです!
「ワンチャンス」はそんなことを教えてくれた映画でした。

もしかしたら、みなさんの中にある非凡さも
そろそろ目覚めのきっかけを待っているかもしれませんね。
いかがですか?

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

映画「北のカナリアたち」を見て

2012年11月26日17:26

吉永小百合ファンとして、彼女の主演映画は必ず見ます、
いや正確に言うと、見るようにしています…です。
そんな流れもあり、今回も「北のカナリアたち」を見ました。
いや~久しぶりに大いに感動させて頂きました。
あまりによかったので二回も見てしまいました。
泣かせる映画ですが、いろいろと考えさせられるところの多い映画でもありました。

これは、北海道の小さな島の分校の教師をしていた
川島はる(吉永小百合)と6人の生徒たちの物語です。
ある事故をきっかけに、はるは追われるように島を出ることになります。
20年後、生徒の一人が起こした事件の知らせを機に、
はると生徒たちが再会し、今まで心の奥に凍てついていた「真実」が
溶けるように明かされていくという物語です。

この映画を見て思ったのは、
人には誰にも言えない過去があるということ、
そして、後悔や自責の念を持ちながらも、
人はみんな生きているんだということでした。

吉永小百合が演じる川島はるも、
イメージは吉永小百合そのものでしたから、
いつの間にか二人がだぶってしまい、
あんな清楚で思いやりのある吉永小百合ですら、
人には言えない過去や心の傷があるんだという思いを抱いてしました。

もちろん、これは映画の中での出来事ですが、
でも、実生活での吉永小百合も同じように、
人には言えない過去や後悔の念に駆られることだってあるはずです。
誰もがみな不完全な人間なのですから。
完璧なように見えたとしても所詮一人の人間なのです。神ではないのです。
だからこそ過ちも犯します。
まして況んや私をや、です。

しかしそれが必ずしも悪いことだとは思いません。
なぜならば、消えることのない罪悪感や後悔の念があるからこそ、
世のため人のために尽くそういう思いを持つようになったり、
その人の謙虚さや慎ましやかさを
醸し出す原動力になったりするすることもあるからです。

目標に向かって一心不乱に邁進し、
ついには自分の夢を実現するという人生も素晴らしと思いますが、
心の傷を抱えながらも、毎日をひたむきに生きるという人生も
それはそれで十分に尊いことだと思ったのです。
たとえそれが「生きているだけ」であったとしても‥。

また、この映画には人を「支えること」へのメッセージも
込められているように思いました。
世の中には、死にたくても生き続けなければならない人もいれば、
生き続けたいのに死んでいかなくてはならない人もいます。

過ちを犯し、罪意識に苛まれ、死んでしまいたいと思ったとしても、
人は生きていかなくてはなりません。
そんな人が、生き続けようと思えるのは、
その人を支えてくれる人たちがいるからです。
人は一人では生きてはいけません。
人の支えがあるからこそ生きていけるのです。
たとえ自分を支えてくれる人が傍にいなくても、
どこかで自分を支えてくれているという思いがある限り、
人は生きていけるのです。

その一方で、まだ生きていたいと思いがありながらも、
死を避けることができない人がいるのも事実です。
若くしてがんになってしまい、
余命幾ばくもないという状況に追い込まれてしまった患者さんなどは
まさにその典型です。

どうして自分は死なないといけないのか、
どうして自分はこんなに苦しまなくてはいけないのか、
そんな嘆き悲しみを支えてくれるのも、やはり人なのです。
人の支えがあるからこそ、最後の最後まで生きていけるのです。
そして人の支えがあるからこそ、人生を全うできるのです。

苦しみを抱えながら生きていくのも、苦しみを抱えながら死んでいくのも
どちらにせよ、人の支えがあるからこそ「今」を生きていけるのです。
「北のカナリアたち」は、そんなことをあらためて考えさせられた映画でした。

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画


プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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