懇親会でのバトル

2015年07月28日14:34

先日、ホスピス緩和ケア協会の総会と懇親会に参加してきました。
懇親会では親しい人や話したい人もいなかったので、
料理を食べながらビールを片手に一人寂しく佇んでいると、
昔、九州大学心療内科でお世話になった稲光先生が
声をかけてきてくれました。

顔見知りの人がいるだけでうれしくなり、
ビールもいいペースで進み、
過去の思い出話に花を咲かせていました。
ところがしばらくすると、稲光先生が他の人に呼ばれてしまい、
また一人、取り残されてしまいました。

実はすぐ近くに、誰かと話をしているA先生がおり、
その存在がずっと気になっていました。
以前この先生の著書を読んだことがあり、そこには
代替療法(免疫療法など、まだ有効性が認められていない治療法)や
それに頼る患者さん、家族への否定的な見解が書かれていました。
私とは正反対の考え方だったため、
機会があったら、このことについて
じっくりと話をしたいと思っていました。

そんな思いをずっと内に秘めていた私は
今がそのチャンスだと思い、
思い切ってA先生に声をかけてみました。
「すみませんが、ちょっといいでしょうか」
「先生は著書で『効かない治療に執着することは、現実からの逃避だ』と
書かれていたと記憶しているのですが、それは今でも同じ考えですか」と、
単刀直入に聞いてみました。

A先生は「今も同じです」と言っていたので、
「それは代替療法にすがりたいという患者さんの思いに
寄り添っていないのではないでしょうか」と言うと、
「そう思うのは自由であり、私の考えを押しつけるつもりもありません」
との返事でした。

酔っぱらった勢いとは言え、
明らかにバトルを挑んでいる言い方でした。
自分としてはできるだけ丁重に話をしているつもりでしたが、
質問内容や私の意見は、結構、辛辣で挑戦的だったと思います。

その後、様々な視点から30分くらい話をしていたと思いますが、
そのうちトラブルを起こす患者さんや家族の話になり、
私が「そのような患者さんは結構いるんですか」とたずねると、
それなりにいるとの答でした。

それに対して私の思いを述べたのですが、
それを聞いていたA先生の顔色がサッと変わるのがわかりました。
正確な言い回しは、はっきり憶えていないのですが、
「これが正しい、あれは間違っているという断定的な考え方が、
患者さんや家族との対立を生み、それがトラブルになるんではないでしょうか」
といったような内容のことを言ったと思います。
すると、「それは僕のコミュニケーションが下手だということですか?
それはちょっと失礼じゃないですか!」と、
笑顔を引きつらせ、怒りで大きく見開いた目で私をにらみつけてきました。

これはまずいと思い、
「誤解を招くような言い方をしてしまって申し訳ございません」と謝り、
その場を何とか収めましたが、その後しばらく沈黙が続きました。
結局、最後はA先生が、
「怒ってしまってすまなかった」と言って、その場を立ち去って行ったので、
バトル?はこれで終了となりました。

私としては、コミュニケーションのうまい下手を言ったのではなく、
考え方の柔軟性の大切さを言いたかったのですが、
それはどうも伝わらなかったようです。

もっとも、A先生の本を読んだときに、
代替療法にせよ、患者さんの態度にせよ、
それに対して決めつけるような言い方をしていたことに
とても不快感を憶えていたので、
A先生のそのような断定的な考え方が、
患者さんとのトラブルの原因になるのだと
暗に言いたかったというのも事実です。

やはり、そのような否定的な思いが根底にあると、
どんなに気を遣って話をしているつもりでも
人はつい批判的な言動をしてしまうものですね。

アルコールが入り、抑止力が効かなくなっていたとは言え、
A先生にしてみれば、下っ端の医者に自分の考えを批判されたり、
コミュニケーションの仕方まであれこれ言われたら、
それは不快だっただろうと思います。
その点に関してはごめんなさい、すみませんでした、
と謝るしかありません。

その一方で、ずっと言いたかったことが言えたことで、
私の中では、くすぶっていたわだかまりがなくなり、
A先生に対する気持ちに区切りがついたので、
それはそれでよかったかなと思います。

なにもA先生に自分の考えを改めさせようなどという
おこがましい思いは私にはありませんし、
ほとんどの人は、そう簡単に自分の意見を変えないこともわかっています。
私としては、長年持ち続けていたA先生へのわだかまりを
直接本人に対して吐き出せたことだけで満足なのです。

相手の立場に立って物事を考えるのは大切ですが、
時には言いたいことをはっきり言うのも必要です。
何事もバランスです。
きれい事だけでは人はやっていけません。
今回のバトルを通して、あらためてそう思いました。

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希望を支えるコミュニケーションとは

2015年06月25日05:06

6月19日、20日にパシフィコ横浜で行われた
第20回日本緩和医療学会学術大会に参加してきました。
盛大な学会で7800名もの参加者が集まりました。

私は、今回は講演や発表がなかったので、
皆さんのお話をずっと聴いていました。
朝一番に「患者のこころと希望を支えるコミュニケーション」
というシンポジウムがありましたが、
それを聴きながらあれこれ考えたことがあったので、
それについて少々書かせて頂きます。

終末期のがん患者さんに「あなたの希望は何ですか」とたずねても
ほとんどの患者さんは答えることなどできません。
絶望を経験した患者さんが新たな希望を探し、それを誰かに伝えることは
容易なことではありません。
だからこそ、希望を見つけるための手助けが必要になるのです。

ところが、ある演者の人は
「希望を探し、それを伝えるには「考える力」が必要」と言っていました。
確かに患者さんの「考える力」は必要かもしれませんが、
それを末期の患者さんに求めるのはちょっと酷な気がしました。
そうではなくて、希望について患者さんに考えてもらうためには、
医療者はどのような手助けをしたらよいのかということが
重要なのではないかと思いました。

つまり、希望を見出せない状態の中にいる患者さんに
どうしたら希望を見出す「きっかけ」を
作ることができるのかということです。
私は話を聴きながら考えていました。
そのためには、患者さんに対して、
希望につながる事柄をうまく引きだす「質問」をすれば
よいのではないかと思ったのです。

例えば
医者「どうなったらいいなと思いますか」
患者「病気がよくなったらいいなと思います」

こんな、非現実的な答が返ってくることもしばしばです。
どんな答を患者さんが返してくれてもよいのですが、
大切なのは、その背後にある真意をうまく引きだすような質問が
続けられるか否かです。

医者「病気がよくなったら、どんなことがしたいですか」
患者「家族で旅行に行きたいです」
医者「旅行に行くとどんないいことがありますか」
患者「家族との思い出が作れます」

このように「どうなったらいいのか」
「それによってどんなよいことがあるのか」
という質問を繰り返していくことで、
この患者さんの思いの根底にある希望の本質が見えてきます。

このようなやり取りから、
この患者さん場合は「家族との思い出作り」に
希望を見出しているのではと推し量ることができます。
あとは寝たきりになった患者さんにでもできるような
家族との思い出作りは何かないだろうかとみんなで相談するのです。
すると、歌が好きだったおじいちゃんのために
病室内で家族による歌声コンサートを
開催してみてはどうかというアイデアが出てくるかもしれません。

患者さんの「考える力」が大切だと言う前に、
どうしたら、その「考える力」をうまく引き出せるのか、
つまり、どうしたら患者さんに
自分が持っている希望に気づいてもらえるのか、
そのためにはどのようなコミュニケーションをしたらよいのかを
考えることの方が重要ではないかと話を聴きながら思いました。

また別の演者の話ですが、
どのような文脈で語られたものかは忘れてしまいましたが、
患者さんに「何か自慢話をしてください」とたずねればよい言っていました。
これは使える!と思いました。

患者さんに人生を振り返ってもらう場合、
「楽しかった思い出を教えて下さい」とたずねてもよいのですが、
できたら、患者さんが誇りに思っていることを聞き出した方が、
本人の自尊心も満たされるため、より満足感が高くなります。

遠慮がちな人は、普段、自慢話など決してしませんが、
実は誰でも本音では、
自分が達成したことや誇りに思うことを誰かに言って
「すごい」と言ってもらいたいと思っているものです。

だからこそ敢えて「自慢話をして下さい」と言うことで、
遠慮がちな人でも、自分自身がすごいと思っていることを
話しやすくなるという点で
この質問は使えると思ったわけです。

やはり自分で考えているだけでは限界がありますが、
こうして、時々人の話を聴いたりしていると
思わぬアイデアがひらめいたりしていいものですね。
これからもいろいろな人の話や講演を聴いたりして、
「心の治癒力」をうまく引きだすコミュニケーションについて
さらに思索や方法論を深めていきたいと思います。

悪循環を切り、良循環を広げる

2015年01月30日06:52

私は患者さんが抱えている問題を解決しようとする場合、
問題の原因を見つけようとするのではなく、
「できていること」「できそうなこと」に目を向け、
これを広げるというやり方で問題を解決することをよくします。
これは「良循環を広げる」というやり方です。

しかし場合によっては、
そのようなやり方だけではうまくいかない場合もあります。
その時には「悪循環を切る」という作業もします。
言い換えると、悪循環を作っているその人の
「思い込み」を外すということです。

以前、ある入院患者さんの対応を依頼されたことがありました。
その患者さんは痛みのため鎮痛剤を希望するのですが、
その際のナースコールが頻回で、
多いときには1日100回を越えることもありました。
しかも、すぐに対応しないと怒り出し、看護師に罵声を浴びせ、
時にはものを投げたりすることもありました。
さらには、痛いところをマッサージしてくれと言い、
看護師を1時間以上も拘束するようなことが毎日のように続きました。
それに対して看護師もこの患者さんへの恐怖心からか、
彼の要求にすべて従わざるをえない状況でした。

そんな状況が何ヶ月も続いたため
さすがに看護師も疲弊しきってしまい、
もう限界という状況にまで追い込まれてしまったのです。
ここまで来ると、病院としても対応せざるをえなくなり、
院長から直接、この患者さんを何とかしてほしいという依頼を受けました。

事態はひっ迫していたため、
依頼を受け、すぐさま患者さんの部屋に赴きました。
部屋に入るといきなり「俺のことを追い出しに来たんだろう!!」と、
えらい剣幕でまくし立てられました。
そこでまず、あなたを追い出すために来たわけではないことをはっきり伝え、
次にようなことを話しました。

「今の状況だとナースは疲弊して、みんな倒れてしまうことが予想されます。
そうなるとあなたのケアもできなくなってしまいます。
そうなるとあなたも困るでしょう。
そんなことにならないように、どうしたらいいのかを相談しに来たのです」

今日ここに来た理由をそう説明した上で、
まずはじっくりと話しを聴きつつ、問題解決のための方向性を探りました。

この患者さんは思い通りにならないとすぐに怒るタイプの人でしたが、
その一方で、とても寂しがり屋という側面もあり
いつも誰か傍にいてほしいという思いを持っている人でした。
そのため、頻回にナースコールで看護師を呼び、
また、自分が寝付くまで
マッサージをしてくれるよう要求していたのでした。

それに対して看護師も、彼の言動に恐怖を感じていたため
たとえ自分勝手で無謀な要求だとわかっていても
それに従わざるをえないという状況に陥っていたのです。

このお互いの行動が、まさに悪循環を生んでいたのです。
つまり、彼は無謀な要求をし続け、看護師はそれに従うというサイクルが、
ずっと続くことになってしまったわけです。

この悪循環を切るためにどうしたらよいかを考えました。
彼は、看護師から嫌われ、誰も来てもらえなくなることへの
不安感があることはある程度わかりました。
また、看護師も頻回のナースコールで時間が取られ、
他の必要な業務ができなくなることが最大の悩みでした。
そのため、いかにしてナースコールが減らせるような意味づけをしつつ、
患者さんと看護師とのつながりも確保できるかがポイントだと考えました。

そこで彼に次のようなことを言いました。
「今後も、看護師が倒れず、あなたのケアを続けるためには
まずはナースコールの回数を1時間に1回以内にしてもらえないだろうか。
ただし、痛みが強いため頻回に鎮痛剤が必要なときもあるだろうから、
そのことも考慮して1日24回以内なら構わない」と提案したのです。

この提案のさい、ナースコールを減らしてほしいと要求するのではなく、
「1日24回以内ならよい」と許可を与える形の言い方をしました。
この方が、より実行してくれる可能性が高まるからです。

話の後半は多少やけっぱちになっている雰囲気がありましたが、
1時間半にわたる話し合いの結果、
最終的には上記の提案を受け入れてくれました。
正直、これですべてがうまくいくとは思っていませんでしたが、
とりあえず、私なりに悪循環を切るための
新たな意味づけをしたつもりではありました。

ところが、驚いたことに
この直後から、一切ナースコールがなくなってしまったのです!
もちろん痛みは続いていたので、鎮痛剤は飲んでいましたが、
その時は、詰め所までわざわざ薬をもらいに来るようになったのです。

彼は「ナースコールを押すと看護師に迷惑がかかるから
押したらいけないと先生に言われた」と言うので、
看護師は「そんなことはありませんよ、1時間に1回くらいなら
ナースコールを押してもらっても結構ですよ」と
何度も説明をしましたが、
彼は頑なにナースコールは押さず、
詰め所まで来て薬をもらうという行動を繰り返していました。

今考えると、「1時間に1回くらいなら呼んでもらってもいいですよ」
という看護師のねぎらいの言葉が
逆にナースコールを押さずにがんばるという思いを強め、
結果として、それが良循環を広げることになったのではないかと思いす。

いずれにせよ、それ以来ナースコールは一切なくなり、
看護師を怒鳴ったり、マッサージを要求したりすることもなくなりました。
さらには、私が話をした三日後には自発的に退院していったのでした。

この患者さんとのやり取りを通して、
いかに悪循環を切り、良循環を広げることが大切なのかを
あらためて教えられた気がします。

皆さんも悪循環を切ったり、良循環を広げたりして
問題解決に挑戦してみませんか。

問題解決に必要な三つの視点

2014年09月08日15:30

最近コミュニケーションの話しをするさい、
三つの視点が大切だという話をよくします。
それは「思い込み」「行動」「環境」です。
その人が抱えている問題や悩みごとを解決する際、
これらの視点から問題を眺めることで、
解決の糸口が見つかりやすくなるということです。

例えば、最近どうも仕事に対するやる気が起こらず、
どうしてよいのかわからないという人がいたとしましょう。
この場合、やる気を削ぐような要因は色々あると思います。
職場の人間関係でギクシャクしているとか、
仕事ができないと言われ、自信をなくしているとか、
通勤時間が長くそれだけで疲れてしまう等々、様々です。

このような問題に対処する場合、
「やる気が起こらない」という漠然としたテーマを扱うことはできません。
やる気が起こらないというのは、その背景に何か問題があるから
やる気が起こらなくなるわけであり、
先ずはその問題を明確にする必要があります。
つまり対処するべき具体的な問題は何かということです。
それを考える際に
先程の「思い込み」「行動」「環境」という三つの視点が役に立ちます。

例えば、
「自分はもっとがんばらなくてはいけないのに‥」
「上司はもっと私の仕事を評価するべきだ」
「なんで、自分だけがこんな辛い思いをしないといけないのか」
といったような「思い込み」が
問題を引き起こしている場合はしばしば見受けられます。

もしこれらの「思い込み」が
誰かのひと言や、本に書かれていた言葉がきっかけで
「これからは自分の得意な分野を伸ばしていけばいいんだ」
「仕事は自分のためではなく、家族の幸せのためにしているんだ」
「今の仕事は、将来起業するための資金作りだと割り切ろう」
といった思いに変わったならば、それだけで気持ちは楽になり、
仕事へのやる気が出てくるということは十分に考えられます。

また、朝ギリギリまで寝ていて、
いつもバタバタ慌てて職場に行っていたのを、
1時間早く起きるようにして、
職場の近くの喫茶店でゆっくりモーニングを食べるようになってから
気持ちに余裕が出てきて、自分を振り返る時間が持てるようになり、
それがきっかけとなり、今何をすればよいのかに気づき、
仕事への意欲が回復してきたということもあるかもしれません。
この場合、喫茶店でゆっくりモーニングを食べるという小さな「行動」が
問題の解決に役立ったと言えましょう。

さらに「環境」要因も、その人に大きな影響を与えているため
これらを変えることで問題が解決される場合も少なくありません。
夏場のエアコンの利き過ぎや職場のどんよりした雰囲気、
物が散乱している自分の机や隣席のあまり好きでない同僚、
会社の景気や家庭内のゴタゴタ、食生活の乱れ等々
自分を取り巻く「環境」要因が、
やる気や意欲に影響を及ぼしているケースも
自分が気づいていないだけで、実は結構あります。
そのため、これらの要因が排除または改善されることで、
仕事への意欲が変わってくることも十分にありうるわけです。

またこれらの要因はお互いに独立したものではなくすべてつながっています。
つまり、「思い込み」が変われば気持ちが楽になり、
そうなれば自ずと「行動」にも変化が現れ、
その結果、周囲の人々へのかかわり(環境)も変わってくるというように
各々の要因はすべて相互作用的に関連しているのです。

「行動」や「環境」が変化した場合も同様です。
これらに変化が起こることで、
「こうすればいいんだ」「だったら、これもできるかもしれない」というような
様々な気づきが生まれます。
これがまさに「思い込み」の変化です。
そうなると、「行動」や「環境」にさらなる変化が現れ、
結果として問題の解決につながるというわけです。

このように、三つの要因はそれぞれがつながっているため、
どの要因であれ、どれかひとつに変化が起こると
自ずと他の要因にも変化を及ぼし、
それが問題の解決につながるというわけです。

また、どの要因から入ればよいかということですが、
これは、一番介入しやすいところ、
つまり最も変化を起こしやすいところから入っていけばよいのです。
一般的に言うと、「行動」や「環境」はアプローチしやすく、
逆に、「思い込み」を直接変えようとするようなアプローチはなかなか困難です。

「思い込み」を変えるためには、
「行動」や「環境」を変えることで、
自ずと「思い込み」が変わるのを待つというアプローチの方が
ずっとやりやすいと思います。

このように「思い込み」「行動」「環境」という視点から
解決につながる核となる問題を明確にし、
その上で、そこに変化をもたらすようなアプローチをすると、
問題解決がよりやりやすくなるというわけです。

私が現在開催しているホリスティックコミュニケーション実践セミナーでも
この視点を取り入れることで、
問題解決のためのコミュニケーションスキルを
より理解しやすい形で提供できるのではないかと考えています。
受講生の皆さん、乞うご期待を!

人の心を操作し、読み取るマジック

2013年11月25日19:00

先日、名古屋で開催された日本ブリーフセラピー協会の
第5回学術会議に参加させて頂きました。
実は、この会の懇親会で私がちょっとしたマジックを披露することになりました。

発端は、今回の大会長である三谷聖也先生と飲む機会があり、
そのときに、私が以前、病棟の催しでマジックを見せたところ、
患者さんや家族、スタッフから「超能力としか思えない!」と、
大変びっくりされたという話しを得意げにしたところ、
今度の大会の懇親会で、是非それをやって下さいと言われてしまいました。
半分酔っぱらっていたので、二つ返事で受けてしまったのですが、
このマジックを人に見せたのはその時が初めてでしたから、
あとになって、ちょっとやばいなあと思ったのですが後の祭りでした。
こうなったら仕方ありません、意を決して当日に望むことにしました。

当日の懇親会では、少しビールを飲んで気分を落ち着けてからいざ本番へ!
まず舞台に立って言いました。
これから皆さんに、
人の心は操作したり、読み取ったりすることができることを
お見せしたいと思います。
皆さんが、何をするんだろうと興味を持って頂いたところで
最初のマジックをはじめました。

まず、参加者の一人に小さな封筒を見せながら
この中にはカード(トランプ)の数字が書いてある紙が入っていますが
中身は見ないでそのまま持っていて下さい、と言って、
その男性に封筒を手渡しました。

その人とは別に、希望者一人に舞台へ上がってきてもらい、
その人に、どんな数字でも結構ですので、
二桁の数字を思い浮かべて下さいと言いました。
その数は何か聞くと彼は11と言ったので、
なぜ11を選んだのかとたずねたところ、
ぞろ目でサッカーの人数だし‥とそれなりの理由を言ってくれました。
それは確かにあなたの自由意志で選びましたね、と確認すると
ハイと、自信ありげに答えてくれました。

さてこれからが本番です。
舞台の上には普通のテーブルが用意されており、
そこには1組のカードの入った箱がひとつ置いてあり、
それを彼に開けてもらいカードを取り出してもらいました。
因みに、最初から最後まで私がそのカードに触れることはありません。

そして数を数えながら、カードを表向きにしながら捨てていきます。
‥9,10、11と数え、11枚目のカードをめくったところで
そのカードは何ですかとたずねると、ハートの8でした。
もちろん、12枚目も13枚目も全く別のカードですし、
10枚目も9枚目も同様、当然違うカードであることを確かめてもらいました。

そこで、今選んだハートの8のカードを持ってもらい、
先程、事前に封筒を手渡したもう一人の彼に舞台に上がってきてもらい
その場で、封筒を開けて中に書いてあるマークと数字を読み上げてもらいました。
彼は、封筒の中身を見て、あっ!っと驚いていました!
取り出した紙には紛れもなくハートの8と書いてあったからです!!

人は、自由意志で物事を決めていると思っているかもしれませんが、
このようにして相手の心を操作して、
選ばせたい数字を選ばせることができるのです!(心の中で)エッヘン
そんなことを言いながら、ひとつ目のマジックを終えました。

皆さん、目を大きく見開き、信じられないという表情をしていました。
私はカードには一切触れないので、ごまかしや操作のしようがありません。
どう考えても、心を操作されたとしか思いませんよね。
普通であれば誰もが驚きます。
私も初めて見たとき、信じられませんでしたから。

会場の皆さんの驚く顔を見て、ちょっと気分がよくなったところで
もうひとつのマジックを見せました。
今度は、心に思い描いたものを読み取るというマジックです。
これもとてもシンプルであるがゆえに、強烈なインパクトがあります。

まずは、また別の人に舞台に上がってきてもらいました。
テーブルの上には3冊の新書が置いてあり、
どの本を使うかを会場の人に手を上げて決めてもらいました。
多数決で「傷はぜったい消毒するな」(夏井睦著、光文社新書)に決まり、
その本を舞台に上がってきてくれた女性に手渡しました。
その本のどのページでも結構ですので、適当に開いてもらい
そのページの最初に出てくる漢字を覚えて下さい、と説明しました。
300ページ程あるその本を彼女はペラペラとめくりながら、
「はい、決めました」と言ったので、
そのまま本は閉じてもらいテーブルの上に置いてもらいました。

やってもらったのは、たったこれだけです。
このあと、彼女にその漢字をしっかりイメージしてもらいました。
もちろん口に出したり、何かに書いたりするようなことはしません。
ただひたすら、その漢字をイメージしてもらうだけです。

私はテーブルの上に用意しておいた小さな紙を手に取り、
そこに、漢字ひと文字を書き、それを四つに折りたたみました。
会場にいた一人を舞台に上げ、今四つ折りにしたその紙を彼に手渡しました。

この段階で、彼女に何という漢字をイメージしたのかをたずねてみると
出発のシュツ、つまり「出」という時をイメージしたと教えてくれました。
そこで、四つ折りの紙を手渡した彼に、
それを開いて何て書いてあるか読み上げて下さいと言いました。
緊張の面持ちで、その紙を開くとそこのは「出」という漢字が
大きな字で紙いっぱいに書いてありました。

ウォーというどよめきの声を聞きながら、
信じられないという表情を、ちょっぴり誇らしげな気分で眺め、
拍手喝采のなか、気分よく舞台をあとにしました。
その後は、参加者のみなさんのいるテーブルに戻り、
心置きなくビールを楽しみました。
緊張から解放されたあとのビールは、本当においしいですね。
何人かの人に、どうやったのかとたずねられましたが、
そんなことを教えるわけもなく、適当なことを言いながら会話を楽しんでいました。

これはれっきとしたマジックであり、それなりのトリックもあるのですが、
しかしそれを知っているからと言ってできるものでもありません。
なぜならば、会話や語りの中に、
それなりの誘導や思いこませるためのテクニックが入っているからです。
これがあるからこそ、このマジックは成立するのです。
こんなことをしていると、いかに人は簡単に思い込まされてしまうのか、
いかに人は自分の都合のよいように誘導できるのかがよくわかります。

実は今、私がやっているコミュニケーションのセミナーでも、
表向きは普通の会話のやり取りなのですが、
振り返ってみると、私自身、知らず知らずのうちに、
誘導や思い込ませるためのテクニックを使っていることに気づきました。
だからこそ、今回のマジックも話の仕方などを自分なりに工夫して、
うまくやることができたのかなとも思いました。

これらのテクニックは使いようによっては、いくらでも悪用もできますが、
そこは自分の良心を信じていますし、悪用する気もありません。
コミュニケーションの実際では、
よい意味での思い込み、たとえば自信がない人にちょっぴり自信を持たせたり
こんな自分でもいいんだと思い込んでもらう等々、色々なことができます。
そういうことに、このようなテクニックを使い、
より一層、皆さんが幸せでハッピーになってもらえるよう、
これからもがんばっていきたいと思っています。
皆さんも、是非そんなコミュニケーションスキルも身につけ、
日常でも大いに利用していただけたらと思います。
これからも、一緒に楽しく学んでいきましょう。

テーマ : 日々の出来事
ジャンル : ブログ


プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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