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会いたい人に会う

2019年08月20日19:06

先日、還暦を迎えました。
あれこれ若かった頃のことを考えていると、
そう言えば昔はよく、人に会いに行っていたなと
そんなことを思い出しました。

大学時代、つまり昭和60年前後くらいですが、
当時、流行っていた「ニューエイジサイエンス」にとても関心があり、
それに関連する本をいろいろ読んでいました。

ある時、とても感動した本があったので、
是非、その著者と会いたいと思い、
手紙を書いたことがあります。

その人にホリスティック医学に関心があると伝えると、
そうであれば上野圭一さんの方が適任だと言われ、
すぐさま上野さんを紹介してくれました。

上野圭一さんは翻訳家であり、
アンドルー・ワイルの「人はなぜ治るのか」という本を
訳された方で、その後も彼の本はすべて上野さんが訳しています。

結局、上野さんとのつながりから
ホリスティック医学協会が設立されることを知りました。
すぐさま入会し、以来30年にわたり、
この協会と歩みをともにしています。

他にも「タオ自然学」の著者であるフリッチョフ・カプラや
「生命潮流」の著者であるライアル・ワトソンも
当時は憧れの人でした。

ところが偶然、二人が来日し名古屋で講演することを知り、
いても立ってもいられなくなり、
平日でしたが大学の授業をさぼり、
一人名古屋に講演を聴きに行きました。

すると、会場に入ろうとすると、
田舞さんという方に偶然会いました。
田舞さんは、当時日本青年会議所(JC)の副会頭をされており、
数ヶ月前にセミナーでたまたま知り合いになった方でした。

ところが驚いたことに、
この講演会を主催していたのが東海地区のJCであり、
そこに田舞さんも応援に駆けつけたというわけでした。

すると田舞さんは
「カプラたちに会いに行くから一緒に行こう」と言うのです。
事情がよくわからないまま、田舞さんの後をついて行くと、
そのまま控え室に入って行くではないですか。

通訳を通してカプラやワトソンを紹介され、
一緒に写真も撮りました。

ただ単に講演を聴きに行こうと思っただけだったのに、
憧れの二人と会って写真まで撮ってもらうなんて
夢のようでした。
思いは通じるものですね。

もう一人、会いたいと思っていて実際に会った人がいます。
それは「死ぬ瞬間」の著書で有名なキュ―ブラ・ロスです。

本屋でたまたま、キュ―ブラ・ロスが行っているセミナーを
日本でも開催することを知り、
一度受けてみたいと思い、
本に書いてあった連絡先に連絡をしてみました。

このセミナーは、
心に苦しみを抱えている人が対象でしたが、
私はそのような悩みや問題は何もありませんでした。

ところが、セミナーの主催者の方と話をしたところ
スタッフとして参加してもらってもよいと
許可をくれたのでした。

さらに驚いたことに、
そのセミナーには今回、
キュ―ブラ・ロス自身が息子さんとともに
お忍びで来るというのです。

いや~これまた感動しました。
セミナーで実際のキュ―ブラ・ロスと会い、
いろいろ話を聴くことがでるなんて
思ってもみませんでしたので。

おまけにセミナー修了後、スタッフの何人かと一緒に、
名古屋駅でお茶を飲んだのもよい思い出です。

途中、トイレに立ち、戻ってきたキュ―ブラ・ロスが、
トイレが和式だっので
どうやって用を足したらよいのかわからなかったと、
笑いながら話をしていたのが印象的でした。

当時を振り返ると、私は本当に積極的でした。
とにかく、本を読んで感動すると、
すぐに著者に連絡をして会いに行っていました。

会ってどうするという目的があったわけではなかったのですが、
とにかく直接会って、もっと話を聴きたいという思いでいっぱいでした。

お陰で色々な人と出会うことができましたし、
学生の頃や医者になりたての頃は、
みなさん、喜んで会ってくれました。

しかし今はとてもそんなエネルギーはありませんし、
そこまでして直に会いたいという人もいません。

もっとも、会いたいと思う人がいても、
ほとんどの人は自分よりも年下であり、
こんなおじさんがと思うと、
なんか遠慮してしまいます。

そういう意味では、60年も経つと人は変わるものですね。
昔は本当に若かったと思います。
後先のことを考えずに行動し、向こう見ずなところがありましたが、
それが今の自分を作り上げているんだなとも思います。

これからは、今までたくさんもらった分、
今度は若い人たちに分け与えていけたらと思っています。
それが私の役割だと思っています。

そんなことを書きながら、
私もこんなことを考える年齢になったんだなと、
ちょっと複雑な気持ちになりました。



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私が変わったこと、変わらなかったこと

2019年04月30日11:35

平成時代、最後のブログとして、
この30年間で、
自分の中で大きく変わってきたことと
全く変わっていないことについて、
書かせてもらいたいと思います。

先ず、大きく変わってきたことは、
治療に対すこだわりが
少なくなってきたことでしょうか。

心療内科時代は、
とにかく患者さんを治すことが中心であり、
そのためにありとあらゆる
工夫や試みをしました。

ホメオパシーも「心の治癒力」を引きだす
ひとつの「道具」になると考え、
診療に取り入れていたのもこの時期でした。

それはそれでとても充実感がありましたし、
治すことにこだわる時期があったからこそ、
今の自分がいると思っています。

しかし今は、治すことへのこだわりは
ずいぶんと減ってしまいました。

これは、治すことに
興味がなくなったという意味ではなく、
「治す」という上から目線のかかわりが、
治療の空回りを生み、
かえってうまくいかないので、
「治す」のではなく
「治る」のを支えるアプローチの方が
よいと思うようになったということです。

そのため、「がん患者さんへの
ホリスティックなアプローチ」に対する考え方も
ずいぶんと様変わりしました。

当初は、西洋医学的治療のみならず、
様々な代替療法も取り入れた、
統合医療的なアプローチをしたいと
思っていました。

しかし、個々の代替療法への関心は次第に薄れ、
その根底にある「心の治癒力」を
うまく引きだすための「かかわり」に
関心が移っていきました。

もちろん代替療法は、
そのためのひとつの手段ではありますが、
私の中では、それは、
患者さんとのよいかかわりを持つための
「儀式」や「道具」という位置づけに
変わっていったのでした。

ですから、がん患者さんへのアプローチも
「治す」ことを主体とするのではなく、
「治る」ことをサポートするための
かかわりを大切にしていこうという
姿勢に変化していきました。

その結果として、ときに
がんの自然治癒(寛解)も起こるのですが、
それは、あくまでも結果であり、
目的や目標ではないということです。

しかし、「治す」という姿勢で取り組むよりも、
その患者さんの「心の治癒力」や自然治癒力を
うまく活性化させるための
サポートに徹する姿勢の方が、
患者さんも気張り過ぎることがなくなるため、
結果としては、「治す」ことにこだわるよりも
よい方向に進んでいくのではと
今は思っています。

一方、この30年間、
全く変わっていないこともあります。
それは「心の治癒力を引きだす
コミュニケーション」への熱意です。

最初は、自然治癒力と心への関心といった、
漠然としたものでしたが、
それが心療内科時代には、
ブリーフセラピーによる治療として開花し、
その後はセミナーの開催という形で
その具体的な方法や考え方を
一般の人々に伝えるということに
力を注ぐようになりました。

また当初は、
症状や病気を治すための
コミュニケーションでしたが、
今は悩みや問題を解決するための
コミュニケーションへと、
裾野も広がりました。

もっとも前半で述べた
「治療に対すこだわりが
少なくなってきたこと」は、
「心の治癒力を引きだすコミュニケーション」が
より柔軟性を増すという形で進歩したと
捉えることもできます。

これからはさらに、
無意識や認知バイアスへのアプローチ、
意志力、習慣力、成長力への取り組み、
ポジティブ心理学、行動経済学、
コミュニケーション医学の視点も
視野に入れながら、
より充実したものにしたいと思っています。

明日から時代は、平成から令和に変わりますが、
「心の治癒力を引きだすコミュニケーション」
への熱意は令和になっても変わることなく、
さらなる発展、進歩を
遂げていけたらと思っています。

これからもお付きあいの程、
よろしくお願い申し上げます。



コミュニケーション医学

2019年04月03日17:29

今年もいよいよ、新年度が始まる4月になりました。
また5月からは年号も「令和」に変わります。
さらに私事ではありますが、
7月には初孫が生まれる予定ですし、
8月には私自身、還暦を迎えます。
令和元年は私にとって
ひとつの大きな節目の年になりそうです。

そんな私が今密かに?思いを馳せ巡らせているのが
「コミュニケーション医学」です。

私はもともと心療内科医でしたが、
その頃はずっと心理療法で
患者さんの治療をしていました。

平成14年から緩和ケア医となりましたが、
心理療法やコミュニケーションの楽しさが忘れられず、
平成19年からは一般の人を対象に、
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーも
開催するようになりました。

このセミナーをしているときはとても充実感があります。
悩みを解決したり、希望を持ってもらったりするための
コミュニケーションスキルを教えることは
私にとって大いなる喜びなのです。

しかしその一方で、
これでよいのだろうかという思いが
何とはなしにくすぶっていたのも事実です。

実を言うと、
私は今の医療を変えたいと思って医者になった人間でした。
30年前に医者になった頃の思いと今の思いとでは、
医療に対する考え方は多少違ってはきていますが、
しかし、よりよい医療に変えたいという思いは
今も昔も変わっていません。

ところがそんな思いを持っていながらも、
未だにそのための行動は何も取っておらず、
そんな自分に少々歯がゆさを感じていました。

そうこうするうちに還暦が間近に迫り、
令和の世が来るという年になってしまい、
この節目のときを逃したら、
一生涯何もせずに終わってしまうという
焦りの思いが次第に強くなってきました。

そんな中で、私の頭を占めるようになってきたのが
コミュニケーション医学のことでした。
実はコミュニケーション医学という言葉は私の造語です。

でもその意味するところはとても重要だと思っています。
ひと言で言うならば、コミュニケーション医学とは、
“コミュニケーションそのものを治療として考える医学”
といった意味合いの言葉です。

医療の現場では、医療者も患者さんも
薬や手術が、患者さんを治していると思っていますが、
実はそれだけではありません。

心と身体はつながっており、
患者さんの心の状態が、
病気や症状の悪化や改善に大きな影響を与えているというのは
多くの研究でわかっています。

つまり医療者のかかわり方次第で、
患者さんは安心したり不安を感じたりするため、
それが治療結果を左右することになるということです。

しかし残念なことに、
医療者はあまりそのことを認識していません。
もちろん医療現場におけるコミュニケーションの重要性は
誰もが知っているところです。

ところがそれはあくまでも、説明をしたり、
理解を促したりするためのものであり、
コミュニケーションそのものが、
治療になり得るという認識はほとんどありません。

私は、その点をもっと医療者に
認識してもらいたいと思っているのです。

医療者のコミュニケーションいかんにより、
病気や症状が改善したり悪化したりするという認識が深まれば、
病気を機械の修理と見なすような医療が、
もう少し血の通った人間味のある医療に
変わるのではと思っているのです。

コミュニケーションは医療そのものであり、
医学の中の一分野になり得る存在なのです。
その事実を医療者も患者さんも
もっと認識してもらいたいという思いから
今年に入ってから、様々な機会で
「コミュニケーション医学」という言葉を使い始めました。

そしてチャンスがあれば、色々なところで
話もしていきたいと思っています。
理解してくれる人が増えてくれば、
研究会や学会も作りたいと思っています。

私が医療を少しでも変える行動ができるとするならば、
コミュニケーション医学を置いて他はないと思っています。

一人でも多くに人にコミュニケーション医学を知ってもらい、
一人でも多くの医療者が
コミュニケーションは治療そのものだという認識を
持ってもらえることを願いつつ、
来る令和元年を歩んで行きたいと思っています。

なお、4月21日には大阪で
コミュニケーション医学に関する
初めての講演会を行いますので、
興味のある方は是非おいで下さい。
お待ちしております。
https://www.holistic-kansai.com/mf.html

幸福な気分とミラーニューロン

2018年11月01日17:59

人の脳にはミラーニューロンという
神経細胞があると言われています。
これは、他者の行為や行動を見て、
あたかも自分も同じことをしているかのように
反応する神経細胞です。

例えば、人が笑顔で微笑んでいるのを見ると、
自分も自然とうれしくなり、笑顔になったり、
人が泣いているのを見ると悲しくなったり、
スポーツ観戦をしていると自分も興奮してくるのも、
ミラーニューロンによるものだと言われています。

また人の話を聴いて共感できるのも、
相手の体験を、自分が体験したかのように感じるからであり、
これもミラーニューロンが関係していると言われています。

日常や職場でもそうですが、
楽しそうにしている人が傍にいると、
自分も楽しい気分になりますし、
周囲にイライラしている人がいると、
自分にもそのイライラがうつってしまい、
なんかイライラした気分になったりします。

先日、親戚の結婚式がありました。
それに先立ち、二人のアルバムを作成するための
写真撮影会がありました。

私も少しだけ撮影現場を覗かせて頂いたのですが、
そのときの二人の幸せそうな笑顔を見ていると、
こちらまで本当に幸せな気分になってきました。

笑顔には病人をも癒す力があります。
以前、呼吸状態が悪い患者さんがおり、
とても苦しそうにしていたのですが、
その患者さんのところに、
赤ちゃんを連れて行き見せてあげたところ、
先程までの苦悩表情が一瞬ウソのように消え、
笑顔になったのです。

赤ちゃんの純真無垢な笑顔は、
苦痛の真っ只中にいる患者さんの表情をも
笑顔に変える力があるんだと驚いた記憶があります。
これもミラーニューロンの働きによるものかもしれません。

このようなことからも、他人の行動や行為に接することで、
私たちは少なからず影響を受けていることがわかります。

逆の立場に立ったならば、
私たちの振る舞いや感情が、
相手にも伝染するということです。

自分がハッピーだという思いを持っていれば、
周りもハッピーにすることができるのです。
そのためにも、先ずは自分が少しでも
ハッピーな気分になることから初めてはどうでしょうか。

例えば、誰かの笑顔に触れるとか、
癒される風景を思い浮かべるとか、
そんな身近なことでかまいません。

先ずはそんなことから初めるのはどうでしょうか。


人はみな不完全で未熟な存在

2018年09月02日17:44

私は、人はみな不完全で未熟な存在だと思っています。
どんな偉い人でも、
人間としての欠点を持っているのが普通ですし、
愛だけ善だけで生きていけるほど、
世の中は甘くないと思っています。
一見、聖人君子のような人格者のように見える人でも、
家庭内ではとんでもない暴君だったりするケースも
少なからずあります。
人間なんてそんなもんです。

また、自分を磨き、高め、
成長させることの大切さもよく言われます。
私も、それは大切だと思うのですが、
ただ、高い目標を掲げ、
がむしゃらに頑張っている人の中には、
空回りや挫折を繰り返して、
なかなか前に進まない人も少なくありません。
気張りすぎても頑張りすぎてもうまくいかないのです。

その点、私なんかは結構気楽に、
かつ周りのことをあまり気にすることなく、
自由気ままにやっています。

例えば、服装はほとんど気にしませんし、
身だしなみもかなりいい加減です。
ひげの剃り残しは当たり前ですし、
穴の空いた靴下を履いていても気になりません。

電車に乗るときは、必ず4人掛けの椅子に座り、
靴を脱いで前の座席に足を載せて座っています。
傍から見たら、かなり行儀が悪いと思われるでしょうが、
この姿勢が一番楽にすごせるので、
いつもそうしています。
もちろん、空いているときだけですけど。

よく飲みに行ったりもしますが、
一般的な居酒屋が一番居心地よいです。
たまに料亭やホテルのコース料理などを
食べる機会もありますが、
この畏まった感じが、窮屈で嫌いです。
私はそんな人間です。

私が定期的に開催している
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーでも
参加者の皆さんから、
「セミナーの雰囲気がとてもゆるいから居心地がいい」
とよく言って頂きます。

またセミナーでは、私の身近で起きた出来事や、
頭にきたこと、失敗してしまったことなどについても、
よく話します。

家庭では妻とよく喧嘩をしますし、
病棟でもナースと言い合いにあることもしばしばです。
でも、それが人間だと思っていますし、
またそれが私の生の姿でもあります。

ただ、そのような話をオープンにした方が、
参加者は逆にホッとするようです。
参加者の人たちからすれば、
コミュニケーションを専門に教えている先生は、
どんな場面であってもコミュニケーションを上手に取り、
喧嘩やもめ事なんて、ほとんどないに違いないという
思い込みがあるようです。

しかし実際には、私もごく普通の人間なので、
皆さんと同様、全てにおいてうまく
コミュニケーションがとれるわけではありません。
頭に来ることやむかつくことだってよくあります。

そんな自分であることをはっきり伝えることで、
真実みや人間らしさが伝わるせいか、
逆に信頼感や安心感を持ってもらえるようです。

自分は欠点も多く、まだまだ未成熟な人間だということを
前提にして話をする方が、
ヘンな隠し立てをしなくてもすみますし、
自分を無理に飾り立てることもないので、
ストレスがたまらなないしとても楽なのです。
いくら装っても、そんなものすぐにばれます。

時々、一生懸命でまじめな参加者の方から、
「先生のように生きられたら、本当に楽だろうなって思います」
と言われることがありますが、
確かに、そう思います。実際楽ですから。

ただ、いつもお気楽に過ごしていくだけでは、
どこか物足りなさや、成長しているという実感が持てません。
だからこそ、いい加減さやお気楽さをベースに置きながらも、
自分を変えるために、やれそうなことがあれば、
それにはチャレンジしていこうと思っています。

あくまでも、これならできるかもしれないと
思えることにチャレンジするのであって、
むやみやたらと高い目標を立てて、
それに向かってが一路邁進するなどという 
しんどいことはしたくありません。

そこが私は重要だと思っています。
決して理想論や高い目標を追い求めるのではなく、
身の丈にあったことをやっていけば
それでよいと思っているのです。

また、自分は不完全で未熟な人間であることを自覚しつつ、
気楽に振る舞いながらも、
その上で、自分を成長させる上で必要だと思うことは
無理をしない程度に自分のペースでやっていく。
そんな生き方が私には合っています。

皆さんはいかがでしょうか。



プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://kuromarutakaharu.com

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