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私が変わったこと、変わらなかったこと

2019年04月30日11:35

平成時代、最後のブログとして、
この30年間で、
自分の中で大きく変わってきたことと
全く変わっていないことについて、
書かせてもらいたいと思います。

先ず、大きく変わってきたことは、
治療に対すこだわりが
少なくなってきたことでしょうか。

心療内科時代は、
とにかく患者さんを治すことが中心であり、
そのためにありとあらゆる
工夫や試みをしました。

ホメオパシーも「心の治癒力」を引きだす
ひとつの「道具」になると考え、
診療に取り入れていたのもこの時期でした。

それはそれでとても充実感がありましたし、
治すことにこだわる時期があったからこそ、
今の自分がいると思っています。

しかし今は、治すことへのこだわりは
ずいぶんと減ってしまいました。

これは、治すことに
興味がなくなったという意味ではなく、
「治す」という上から目線のかかわりが、
治療の空回りを生み、
かえってうまくいかないので、
「治す」のではなく
「治る」のを支えるアプローチの方が
よいと思うようになったということです。

そのため、「がん患者さんへの
ホリスティックなアプローチ」に対する考え方も
ずいぶんと様変わりしました。

当初は、西洋医学的治療のみならず、
様々な代替療法も取り入れた、
統合医療的なアプローチをしたいと
思っていました。

しかし、個々の代替療法への関心は次第に薄れ、
その根底にある「心の治癒力」を
うまく引きだすための「かかわり」に
関心が移っていきました。

もちろん代替療法は、
そのためのひとつの手段ではありますが、
私の中では、それは、
患者さんとのよいかかわりを持つための
「儀式」や「道具」という位置づけに
変わっていったのでした。

ですから、がん患者さんへのアプローチも
「治す」ことを主体とするのではなく、
「治る」ことをサポートするための
かかわりを大切にしていこうという
姿勢に変化していきました。

その結果として、ときに
がんの自然治癒(寛解)も起こるのですが、
それは、あくまでも結果であり、
目的や目標ではないということです。

しかし、「治す」という姿勢で取り組むよりも、
その患者さんの「心の治癒力」や自然治癒力を
うまく活性化させるための
サポートに徹する姿勢の方が、
患者さんも気張り過ぎることがなくなるため、
結果としては、「治す」ことにこだわるよりも
よい方向に進んでいくのではと
今は思っています。

一方、この30年間、
全く変わっていないこともあります。
それは「心の治癒力を引きだす
コミュニケーション」への熱意です。

最初は、自然治癒力と心への関心といった、
漠然としたものでしたが、
それが心療内科時代には、
ブリーフセラピーによる治療として開花し、
その後はセミナーの開催という形で
その具体的な方法や考え方を
一般の人々に伝えるということに
力を注ぐようになりました。

また当初は、
症状や病気を治すための
コミュニケーションでしたが、
今は悩みや問題を解決するための
コミュニケーションへと、
裾野も広がりました。

もっとも前半で述べた
「治療に対すこだわりが
少なくなってきたこと」は、
「心の治癒力を引きだすコミュニケーション」が
より柔軟性を増すという形で進歩したと
捉えることもできます。

これからはさらに、
無意識や認知バイアスへのアプローチ、
意志力、習慣力、成長力への取り組み、
ポジティブ心理学、行動経済学、
コミュニケーション医学の視点も
視野に入れながら、
より充実したものにしたいと思っています。

明日から時代は、平成から令和に変わりますが、
「心の治癒力を引きだすコミュニケーション」
への熱意は令和になっても変わることなく、
さらなる発展、進歩を
遂げていけたらと思っています。

これからもお付きあいの程、
よろしくお願い申し上げます。



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コミュニケーション医学

2019年04月03日17:29

今年もいよいよ、新年度が始まる4月になりました。
また5月からは年号も「令和」に変わります。
さらに私事ではありますが、
7月には初孫が生まれる予定ですし、
8月には私自身、還暦を迎えます。
令和元年は私にとって
ひとつの大きな節目の年になりそうです。

そんな私が今密かに?思いを馳せ巡らせているのが
「コミュニケーション医学」です。

私はもともと心療内科医でしたが、
その頃はずっと心理療法で
患者さんの治療をしていました。

平成14年から緩和ケア医となりましたが、
心理療法やコミュニケーションの楽しさが忘れられず、
平成19年からは一般の人を対象に、
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーも
開催するようになりました。

このセミナーをしているときはとても充実感があります。
悩みを解決したり、希望を持ってもらったりするための
コミュニケーションスキルを教えることは
私にとって大いなる喜びなのです。

しかしその一方で、
これでよいのだろうかという思いが
何とはなしにくすぶっていたのも事実です。

実を言うと、
私は今の医療を変えたいと思って医者になった人間でした。
30年前に医者になった頃の思いと今の思いとでは、
医療に対する考え方は多少違ってはきていますが、
しかし、よりよい医療に変えたいという思いは
今も昔も変わっていません。

ところがそんな思いを持っていながらも、
未だにそのための行動は何も取っておらず、
そんな自分に少々歯がゆさを感じていました。

そうこうするうちに還暦が間近に迫り、
令和の世が来るという年になってしまい、
この節目のときを逃したら、
一生涯何もせずに終わってしまうという
焦りの思いが次第に強くなってきました。

そんな中で、私の頭を占めるようになってきたのが
コミュニケーション医学のことでした。
実はコミュニケーション医学という言葉は私の造語です。

でもその意味するところはとても重要だと思っています。
ひと言で言うならば、コミュニケーション医学とは、
“コミュニケーションそのものを治療として考える医学”
といった意味合いの言葉です。

医療の現場では、医療者も患者さんも
薬や手術が、患者さんを治していると思っていますが、
実はそれだけではありません。

心と身体はつながっており、
患者さんの心の状態が、
病気や症状の悪化や改善に大きな影響を与えているというのは
多くの研究でわかっています。

つまり医療者のかかわり方次第で、
患者さんは安心したり不安を感じたりするため、
それが治療結果を左右することになるということです。

しかし残念なことに、
医療者はあまりそのことを認識していません。
もちろん医療現場におけるコミュニケーションの重要性は
誰もが知っているところです。

ところがそれはあくまでも、説明をしたり、
理解を促したりするためのものであり、
コミュニケーションそのものが、
治療になり得るという認識はほとんどありません。

私は、その点をもっと医療者に
認識してもらいたいと思っているのです。

医療者のコミュニケーションいかんにより、
病気や症状が改善したり悪化したりするという認識が深まれば、
病気を機械の修理と見なすような医療が、
もう少し血の通った人間味のある医療に
変わるのではと思っているのです。

コミュニケーションは医療そのものであり、
医学の中の一分野になり得る存在なのです。
その事実を医療者も患者さんも
もっと認識してもらいたいという思いから
今年に入ってから、様々な機会で
「コミュニケーション医学」という言葉を使い始めました。

そしてチャンスがあれば、色々なところで
話もしていきたいと思っています。
理解してくれる人が増えてくれば、
研究会や学会も作りたいと思っています。

私が医療を少しでも変える行動ができるとするならば、
コミュニケーション医学を置いて他はないと思っています。

一人でも多くに人にコミュニケーション医学を知ってもらい、
一人でも多くの医療者が
コミュニケーションは治療そのものだという認識を
持ってもらえることを願いつつ、
来る令和元年を歩んで行きたいと思っています。

なお、4月21日には大阪で
コミュニケーション医学に関する
初めての講演会を行いますので、
興味のある方は是非おいで下さい。
お待ちしております。
https://www.holistic-kansai.com/mf.html

幸福な気分とミラーニューロン

2018年11月01日17:59

人の脳にはミラーニューロンという
神経細胞があると言われています。
これは、他者の行為や行動を見て、
あたかも自分も同じことをしているかのように
反応する神経細胞です。

例えば、人が笑顔で微笑んでいるのを見ると、
自分も自然とうれしくなり、笑顔になったり、
人が泣いているのを見ると悲しくなったり、
スポーツ観戦をしていると自分も興奮してくるのも、
ミラーニューロンによるものだと言われています。

また人の話を聴いて共感できるのも、
相手の体験を、自分が体験したかのように感じるからであり、
これもミラーニューロンが関係していると言われています。

日常や職場でもそうですが、
楽しそうにしている人が傍にいると、
自分も楽しい気分になりますし、
周囲にイライラしている人がいると、
自分にもそのイライラがうつってしまい、
なんかイライラした気分になったりします。

先日、親戚の結婚式がありました。
それに先立ち、二人のアルバムを作成するための
写真撮影会がありました。

私も少しだけ撮影現場を覗かせて頂いたのですが、
そのときの二人の幸せそうな笑顔を見ていると、
こちらまで本当に幸せな気分になってきました。

笑顔には病人をも癒す力があります。
以前、呼吸状態が悪い患者さんがおり、
とても苦しそうにしていたのですが、
その患者さんのところに、
赤ちゃんを連れて行き見せてあげたところ、
先程までの苦悩表情が一瞬ウソのように消え、
笑顔になったのです。

赤ちゃんの純真無垢な笑顔は、
苦痛の真っ只中にいる患者さんの表情をも
笑顔に変える力があるんだと驚いた記憶があります。
これもミラーニューロンの働きによるものかもしれません。

このようなことからも、他人の行動や行為に接することで、
私たちは少なからず影響を受けていることがわかります。

逆の立場に立ったならば、
私たちの振る舞いや感情が、
相手にも伝染するということです。

自分がハッピーだという思いを持っていれば、
周りもハッピーにすることができるのです。
そのためにも、先ずは自分が少しでも
ハッピーな気分になることから初めてはどうでしょうか。

例えば、誰かの笑顔に触れるとか、
癒される風景を思い浮かべるとか、
そんな身近なことでかまいません。

先ずはそんなことから初めるのはどうでしょうか。


人はみな不完全で未熟な存在

2018年09月02日17:44

私は、人はみな不完全で未熟な存在だと思っています。
どんな偉い人でも、
人間としての欠点を持っているのが普通ですし、
愛だけ善だけで生きていけるほど、
世の中は甘くないと思っています。
一見、聖人君子のような人格者のように見える人でも、
家庭内ではとんでもない暴君だったりするケースも
少なからずあります。
人間なんてそんなもんです。

また、自分を磨き、高め、
成長させることの大切さもよく言われます。
私も、それは大切だと思うのですが、
ただ、高い目標を掲げ、
がむしゃらに頑張っている人の中には、
空回りや挫折を繰り返して、
なかなか前に進まない人も少なくありません。
気張りすぎても頑張りすぎてもうまくいかないのです。

その点、私なんかは結構気楽に、
かつ周りのことをあまり気にすることなく、
自由気ままにやっています。

例えば、服装はほとんど気にしませんし、
身だしなみもかなりいい加減です。
ひげの剃り残しは当たり前ですし、
穴の空いた靴下を履いていても気になりません。

電車に乗るときは、必ず4人掛けの椅子に座り、
靴を脱いで前の座席に足を載せて座っています。
傍から見たら、かなり行儀が悪いと思われるでしょうが、
この姿勢が一番楽にすごせるので、
いつもそうしています。
もちろん、空いているときだけですけど。

よく飲みに行ったりもしますが、
一般的な居酒屋が一番居心地よいです。
たまに料亭やホテルのコース料理などを
食べる機会もありますが、
この畏まった感じが、窮屈で嫌いです。
私はそんな人間です。

私が定期的に開催している
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーでも
参加者の皆さんから、
「セミナーの雰囲気がとてもゆるいから居心地がいい」
とよく言って頂きます。

またセミナーでは、私の身近で起きた出来事や、
頭にきたこと、失敗してしまったことなどについても、
よく話します。

家庭では妻とよく喧嘩をしますし、
病棟でもナースと言い合いにあることもしばしばです。
でも、それが人間だと思っていますし、
またそれが私の生の姿でもあります。

ただ、そのような話をオープンにした方が、
参加者は逆にホッとするようです。
参加者の人たちからすれば、
コミュニケーションを専門に教えている先生は、
どんな場面であってもコミュニケーションを上手に取り、
喧嘩やもめ事なんて、ほとんどないに違いないという
思い込みがあるようです。

しかし実際には、私もごく普通の人間なので、
皆さんと同様、全てにおいてうまく
コミュニケーションがとれるわけではありません。
頭に来ることやむかつくことだってよくあります。

そんな自分であることをはっきり伝えることで、
真実みや人間らしさが伝わるせいか、
逆に信頼感や安心感を持ってもらえるようです。

自分は欠点も多く、まだまだ未成熟な人間だということを
前提にして話をする方が、
ヘンな隠し立てをしなくてもすみますし、
自分を無理に飾り立てることもないので、
ストレスがたまらなないしとても楽なのです。
いくら装っても、そんなものすぐにばれます。

時々、一生懸命でまじめな参加者の方から、
「先生のように生きられたら、本当に楽だろうなって思います」
と言われることがありますが、
確かに、そう思います。実際楽ですから。

ただ、いつもお気楽に過ごしていくだけでは、
どこか物足りなさや、成長しているという実感が持てません。
だからこそ、いい加減さやお気楽さをベースに置きながらも、
自分を変えるために、やれそうなことがあれば、
それにはチャレンジしていこうと思っています。

あくまでも、これならできるかもしれないと
思えることにチャレンジするのであって、
むやみやたらと高い目標を立てて、
それに向かってが一路邁進するなどという 
しんどいことはしたくありません。

そこが私は重要だと思っています。
決して理想論や高い目標を追い求めるのではなく、
身の丈にあったことをやっていけば
それでよいと思っているのです。

また、自分は不完全で未熟な人間であることを自覚しつつ、
気楽に振る舞いながらも、
その上で、自分を成長させる上で必要だと思うことは
無理をしない程度に自分のペースでやっていく。
そんな生き方が私には合っています。

皆さんはいかがでしょうか。


医学部の学生実習

2018年07月04日18:08

毎年、学生実習があり、
私がいる緩和ケア病棟にも
医学部の学生が実習に来ます。

彼ら、彼女らに、患者さんとの関わりを通して、
緩和ケアの考え方や医療におけるものの見方などについて
毎回話をしたり、質問に答えたりしています。

そこでいつも感じるのは、学生のうちはみんな、
患者さんを「人」としてかかわる視点を持っているのに、
医者になると患者さんのことを「病んだ肉体」と
見なすようになってしまうんだなということです。

学生の時は、医学の知識があると言っても、
まだ実際の経験がないので、患者さんに対する見方は、
ほとんど一般の人と変わりません。

つまり、患者さんの思いを大切にするとか、
こちらの考えを一方的に押しつけてはいけないとか、
ごく当たり前な考え方を持っています。

しかし医者になり、実際に治療に携わるようになると
その思いはどこかに飛んでしまい、
自分が身につけた医学の知識や
先輩医師に教えてもらったことが絶対で、
患者さんという、医学の素人が持っている思いや考えなどには
あまり耳を貸さなくなってしまうのです。

なぜならば、医学部で学ぶことは膨大であり、
そのほとんどは、当然のことながら病気に関することです。
病気の種類や原因、診断方法、治療の仕方など事細かく学び、
医者になればさらに専門的な勉強をしながら
実際の治療にあたることになります。

そのような、「病気」のことしか頭にない環境の中で
長年過ごすことになるので、
患者さんが「病んだ肉体」にしか見えなくなるのも
無理からぬことだと思います。

医学部の環境もそうですし、
また医者になってやることもそうですが、
とにかく患者さんを診ると、
ほとんど「病気」のことにしか目が向かず、
患者さんの思いや家族の心配などは、
病気を治すこととは関係ないと思っているのか、
スルーされてしまうことがしばしばです。

そんな、病気にしか目を向けない医者に対して
時々、文句を言ったり、怒り出したりする患者さんもいます。
そんな患者さんは「へんな患者」「厄介な患者」
「モンスターペイシェント」と呼ばれるようになり、
医者からはかなり面倒がられ、嫌われることになります。

患者さんの思いに目を向けず、
自分の思いを一方的に患者さんに押しつけていることが、
患者さんの怒りを買っているというのに、
そのことに気づける医者はほとんどいません。

その一方で、中には患者さんの思いを大切にするという感覚に
少しずつ目覚めていく医者がいるのも事実です。
最初の10年くらいは、治療をすることに夢中で、
なかなかそのような思いにはならないのですが、
ある程度経験を積んだ頃に、ちょっと痛い目にあったり、
医療ミスで患者さんを悲しませたりした経験をすると、
それをきっかけに、患者さんの思いを大切にすることの重要性に
気づく医者がいるということです。

もっとも、そのようなことを考え、
自分の在り方を変えなくてはと思ってくれる医者は
かなり善良な医者です。
どんな経験をしても、そのようなことなど考えることなく、
最後まで患者さんを「病んだ肉体」にしか見えない医者も
たくさんいます。

病院実習に来る医学部の学生には
今のような話をよくするのですが、
今日話したことは、10年くらい後になって
思い出してもらったらいいと言っています。

と言うのは、学生の時には、
患者さんの思いを大切にするというのは
あまりにも当たり前すぎて、
その重要性がまだピンときません。

さらに医者になったら、しばらくは医療に専念し、
先ずは一人前の医者になってもらわないと話しになりません。
ですから、とりあえず5~10年は
一生懸命に経験を積むことが必要です。

その頃には、色々悩んだり考えたり
壁にぶつかったりすることもあるので、
そのときに、私の話を思いだしてくれたら、
それで十分だと言っています。

実習に来てくれた学生が、将来行き詰まったときに
私の話を思い出してくれることを願いつつ、
これからも学生実習を続けて行こうと思っています。



テーマ : 思うこと
ジャンル : その他


プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://kuromarutakaharu.com

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