大発見の裏にある驚きの視点!

2016年11月21日06:48

つい夢中になって読んでしまいました。
「フェルマーの最終定理」(サイモン・シン著、青木薫訳、新潮文庫)です。
500頁近くある本ですが、思わず吸い込まれてしまいました。
まるで推理小説を読んでいるようで、
早く先が読みたくて仕方がなくなるのです。

350年も間、決して解くことのできなかった数学の難問が、
1994年にアンドリュー・ワイルズによって解かれたのですが、
そこに至る歴史や、それにかかわる多くの数学者の業績、
さらには本質を理解するための、様々なたとえ話などを駆使して
全く数学がわからない素人でも興味深く読める本でした。

フェルマーの定理とは、
Xⁿ+Yⁿ=Zⁿ(Xのn乗+Yのn乗=Zのn乗)
この方程式はnが2より大きい場合には整数解を持たない

という、たったこれだけのものです。
n=2のときは3²+4²=5²となり成り立つことが簡単にわかります。
nが3以上の場合は、この等式を満たす整数XYZはないという定理です。

現代数学の天才たちが350年かけても解けないような難問ですから、
それはそれは奥の深さは並大抵のものではありません。
しかしワイルズは、なぜ解くことができたのか。
そこには、どのような分野にも言える、ある隠された秘密があったのです。

この問題を解くために、多くの人が様々な方法を用いて挑戦しました。
また新たな一歩を踏み出すために、新しい方法をたくさん開発いていきました。
それでも、どうしても解けなかったのです。

そこに風穴を開けるヒントになったのが、
谷山豊、志村五郎という二人の日本人のある予想でした。
それは谷山=志村予想と呼ばれるものですが、
内容は私たちのような一般人には理解できないものです。

それでも、あえて比喩を使って説明します。
動物と植物は全く異なるものですが、
両者とも細胞から出来ているという点では共通しています。
つまり、動物も植物も細胞という視点から見ると、
実質的には同じ生物だと言うことができます。

谷山=志村予想も、数学の領域の中で
全くかけ離れた、別々のものと思われていたものが、
実は実質的には同じものではないかという予想をしたのです。

そして、この谷山=志村予想が正しいということが証明できれば
フェルマーの定理も成り立つことがわかったのです。
ワイルズは、それから9年の歳月をかけ、
ついに証明したのでした。

この問題は、言ってみれば、動物学の専門家の知識と、
植物学の専門家の知識があってこそ解けたような問題でした。
ワイルズは、偶然にも、
この全く異なると思われていた両分野を
それぞれ研究する機会に恵まれていたのです。

もしもワイルズが、ひとつ分野にしか精通していなければ、
他の多くの挑戦者と同様、この定理を証明することは
できなかったと思います。

どの分野でもそうですが、学問はどんどん細分化され、
どんどん専門化が進みます。

医療の世界でも、肝臓病の専門家と心臓病の専門家では
お互いの分野の専門的なことになるとまるでわかりません。
うつ病に対する薬物療法の専門家である精神科医と
うつ病の心理療法を専門としているセラピストとでは、
考え方もやっていることも全く違います。

このように、どんどん細分化が進むことにより、
ひとつのことをより詳細に知ることはできますが、
その一方で、他の分野との関係性が見えなくなるため、
大切なものが見失われる危険性も孕んでいます。
なぜならば、物事はすべて
「部分」の中で完結しているわけではなく
つながりや関係性という「全体」の中で存在しているからです。

私たちは物事を考える際、
とかく一側面からしか見ない傾向にありますが、
ちょっと視点を変える、全体を俯瞰して見る、
さらには異なる分野との関係性を見るといった視点があってこそ、
初めて新たな気づきや発見ができるものなのです。

この本を読んで、つながりと関係性の重要さについて
あらためて深く考えさせられました。
是非皆さんも一読してみて下さい。
きっと新たな気づきがあると思います。


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面白ナース迷言集

2016年10月21日17:33

以前、一緒に病棟で働いていたナースと久しぶりに飲んだのですが、
彼女の言うことがとにかく面白いのです。
何が面白いかというと、地理や歴史の知識がほとんどないため、
多少なりともそのような話しになると
ちんぷんかんぷんなことを言い始めるのです。

「仙台は北海道でしょ」
「広島は四国でしょ」
「ミャンマーって中国だっけ、あ、インドか」
「メキシコ?あ~色の黒い人がいるところね」

この辺りはまだよいのですが、
東西南北がどちらなのかを知らなかったときには
さすがに驚きました。

「ところで、北ってどっちの方角かかわかる?」
「北?ん~~下?」
「だって、北は暗いイメージだもん」

とにかくおもしろさ爆裂です。

そう言えば以前はこんなこともありました。
病棟で他のナースと話をしていたのですが、
そのナースは本州と九州が地続きだと思っていたと言うのです。
これはこれで常識のなさなに驚いたのですが、
そこにたまたま来た彼女に私が言いました。

「Aさんは、本州と九州が地続きだと思っていたんだって、どう思う?」
するの彼女は
「え?本州ってなに?」

とにかく地理の知識は皆無ですね。
先日の飲み会でも東西南北の話がでたのですが、
彼女は一生懸命言っていました。

「私だってわかりますよ、(東の方を指さして)こっちがトーセーでしょ」
南東や北東ならまだしも、東西(トーセー)ってどっち??
おまけに読み方も間違ってるし!
まあ、こんな具合です。

歴史の話は言うに及ばずですが、
でも一応聞いてみました。
「吉田松陰って知っている?」
「あ~書道家の人でしょ!」
これ以上、歴史の話をするのはやめました。

彼女に言わせると、そんなこと知らなくても
看護師としてやっていくのに全く困らないというのです。
確かに地理や歴史の知識がなくても生きてはいけますけど…

私も話をしていて楽しめるからいいんですけど、
でも、せめて地球が太陽の周りを回っているということくらいは
知っておいてほしかったです。


「心の治癒力」再考

2016年09月24日06:01

私が「心の治癒力」という言葉を使い始めてから
もう20年以上が経ちます。

もともとは心が持っている、
身体症状を改善させる力という意味で、
この言葉を使っていました。

例えば慢性疼痛の患者さんでも、
希望が持てたり、気持ちが明るくなったりすると
痛みが軽減ないしは消失します。
これが「心の治癒力」だという理解です。

しかしあるときから
必ずしも身体の症状に関係なく
「心の治癒力」はあると思うようになりました。

例えば、愛する人や子供を亡くし、
悲しみに打ちひしがれたり、
不安や落ち込み気分で
悶々とした日々を過ごしている人であったとしても
ある程度の時間が経過することで、
次第に心が癒され、
気持ちも楽になってくる人も多いということは
誰もが感じているところです。

つまり、身体には傷や症状を治す力があるように、
心にも自分自身の心の傷や症状を癒す力があるということです。
それもまたれっきとした「心の治癒力」だと思ったのです。

さらに、様々な患者さんの治療経験から、
自分が抱える悩みや問題を解決したり、
苦しみから這い上がってくる力が人には存在しており、
これもまた「心の治癒力」だと思うようになりました。

悩みや問題は時の流れにより自然と解決することもありますが、
様々な工夫や気づき、努力、忍耐により
初めて問題が解消されることも少なくありません。

このような悩みや問題を抱えているときは
誰もが辛い思いをしているでしょうし、
そのストレスで身体症状が現れることもあるでしょう。

その原因となっている問題を解決しなければ
心の癒しも身体症状の改善もないわけですから、
自らの力で問題を解決するという意味での「心の治癒力」は
特に重要だと言わざるを得ません。

ですから今は以下の三つの意味で
「心の治癒力」という言葉を使っています。

1,心が持つ身体症状を改善する力
2,心が持つ自分の辛さを癒す力
3,悩みや問題を解決する力

「治癒力」という言葉を
「治」したり「癒」したりする「力」だと理解するなばら、
まさにこの三つの意味合いを持つ言葉が
「心の治癒力」だと言えます。

皆さん、いかがでしょうか。




視力0.03でも天の川は見える!

2016年08月25日08:23

年に一度の三日間の夏休みを利用して
北海道に行ってきました。

過去、ソウル、釜山、済州島と
韓国を中心に旅行をしていましたが、
その後、行き先を国内に変え、
昨年は西表島へ、
そして今年は北海道(道東)に行ってきました。

伊丹空港から釧路空港まで飛び、
そこから釧路湿原をながめながら
摩周湖や屈斜路湖へ、
さらに知床まで足を延ばし、
最終日は網走に寄ったあと
女満別空港から関空まで帰ってくるというルートでした。

ほとんどがバスでの移動でしたが、
ガイドさんのお話を聞きながらの移動だったので、
結構楽しめました。

摩周湖は過去二回行ったことがあるのですが、
いずれも霧がかかっており見えませんでした。
今回は三度目の挑戦でしたが、
展望台に着くと、湖の半分は霧で覆われ
半分は霧が晴れているという何とも神秘的な光景でした。

その後、次第に霧が晴れ
ついにその全貌を現してくれました。
深いブルーに覆われた湖面を見下ろしながら、
しばし時が過ぎるのを忘れていました。

次の日は、朝からバスで知床まで移動、
ヒグマやエゾシカをウォッチングしたり、
知床峠から国後島を望んだりと、
知床の自然を思う存分満喫してきました。

そしてその夜、二十時半にホテルを出発し
再び知床峠に車で登りました。
目的は、満天の星空と天の川です。
今回の旅行の、まさにメインイベントです。

車を降りると、
そこには満天の星空が広がっていました。
「わ~すごい!」と
思わず声が出てしまったくらい、
夜空が星で埋め尽くされていました。

そして天の川。
今まで、天の川を見たいと
何度かトライしましたが、
多分これだろうなという程度の
天の川しか見たことがありませんでした。

しかし今回ははっきりと見えました。
まさに、天人が羽衣をまとって
天空を飛翔しているような、そんな姿でした。

私の視力は裸眼で0.03くらいですから
眼鏡を外すと10cm先のものもぼやけます。
そんなド近眼の私が眼鏡を外して天を仰ぎ見ても
天の川だとはっきりとわかるくらい、
その存在感は圧倒的でした。

地面に仰向けになって
全天に散りばめられた星々を眺めていたのですが、
これだったら何時間でも
見ていられると思うくらい
感動的なときを過ごさせてもらいました。

今回は、敢えて月明かりのない日を選んで、
旅行の日程を決めましたが、
それでも天候までは予想することはできません。
でも今回は星を見るのには絶好の日でした。
先日は見えなかったと言っていましたから、
今回は本当に運がよかったと思います。

摩周湖と天の川を見るという
二大目標を達成した今回の旅行は大満足でした。

都会生活を離れ、携帯電話もオフにし、
大自然に恵まれた北海道の地で、
のんびりとした時間を過ごすのは
この上ない幸せを感じさせてくれます。

来年も、少しコースを変えて
もう一度行ってもいいかなとも
思っているくらいです。
今から、来年が楽しみになってきました。

あっ、書くのを忘れていましたが、
今回の旅行は嫁さんとの二人旅でした。


今は昔、私の今昔物語

2016年07月27日13:01

先日、39年ぶりに高校(男子校)の同窓会に出てきました。
同じ野球部の仲間が銀座でお店を開き、
そこが会場だというので、
当時のメンバーとも会いたいという思いもあり、
出席することにしました。

私は卒業以来、同窓会には一度も出席したことがなかったので、
会っても誰だかわからないという人が結構いました。
それに、当たり前なことですが、
みんなおじさんになっていました。

でも、会って話しをしているうちに、
昔のことがあれこれ思い出されてきました。

殴り合いの喧嘩をした彼は、現在坊さんになっていましたし、
同じ野球部で「先輩らは下手だからやめてください!」と
とんでもないことをズケズケと言っていた彼は、
そんなこと覚えていないなあと、
あの太々しさはすっかりなりを潜めていました。

当時、ぺしゃんこにした学生カバンを持って、
渋い顔をしながら教室を闊歩していたツッパリの彼は、
ごく普通のおじさんに変身していました。

天才的に勉強ができ、あっさり東大に入った彼は、
髪が薄くなりながらも、その面影は残し、
今は大企業のお偉いさんになっていました。

みんなとあれこれ話をしていると、
気持ちは、いつの間にか40年前に戻っていました。
高校時代ですから、色々と問題も起こしました。
人には言えないことも、それはあります。

でも、そんなことをも含め、
全て知っている仲間と会って話しができるというのは
普段とは比べものにならないくらいの解放感がありました。
とても懐かしく、また全てをさらけ出せる
心地よい時空間でもありました。

そんな同窓会での余韻がまださめやらぬ7月中旬に、
たまたま学会関連のメールが届き、
それを見てびっくりしました!

大学時代に出会った(「付き合った」ではありません)彼女が、
会長として学会を開催するというお知らせメールでしたが、
会長挨拶のところに彼女の顔写真が載っていました。

大学生当時は、モデルのように美しく、
男子生徒の憧れの的でしたが、
その写真を見ると、ごく普通のおばさんになっているじゃないですか!
ショック!ショック!ショック!

吉永小百合のように年を取っても
美しさを保っている人をイメージしてしまうせいか、
どうしても昔の美しさをそのまま保っていてほしいという
無謀な願望を抱いてしまう私がいけないのでしょうが、
それでも、若い頃の美しいイメージを
そのまま保っておいてほしかったというのが本音です。

男性も変わりますが、女性も変わるんですね、当然ですが。
これが生物としての必然性だということを
あらためて思い知らされた気がしました。

それからまた、30年ぶりに
大学時代の知り合いから突然連絡がありました。
彼は私よりも5歳年下で、今は建築関係の仕事をしているそうですが、
病気のことで相談があると、久しぶりに電話をしてきました。

彼は私が大学時代にバイトをしていた塾の生徒で
人なつこい性格だったので、何かとかわいがっていました。

彼は高校時代の同級生と結婚したのですが、
話をしているうちに、彼女に渡すラブレターの殺し文句を
考えてあげたりした思い出が見事に蘇ってきました。

懐かしさのあまり、奥さんは元気?とたずねると、
結婚後3人の子供に恵まれましたが、その後離婚し、
今は再婚し新たに3人の子供がいるというのです。

そうか、30年の間に色々なことがあったんだなと
ここでもまた、時の流れを感じずにはいられませんでした。

とにかく、この7月は
昔のことをあれこれ思い出す機会が多くありました。
と同時に、人も時代も環境もみんな変わるんだなと、
あらためて諸行無常という言葉が、
身に染みる一カ月でもありました。

PS 高校の同窓会では懐かしさのあまり飲み過ぎ、
  三次会まで行ってしまいました。
  もっとも三次会はほとんど寝ていたようで、
  帰る際に起こされ、目を覚ましたのですが、
  その時に、お店のお姉さんに請求された金額が
  なんと一人48,000円でした!
  そこはどうも、銀座のキャバクラだったようです。
  40年前の淡い思い出の世界から
  一気に世知辛い現実の世界に引き戻されてしまいました。
  それにしても、東京は怖いなあ‥



プロフィール

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://holicommu.web.fc2.com

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