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シンポジウムの舞台裏

2019年10月23日17:24

令和元年10月6日に開催された
ホリスティック医学シンポジウムin関西2019が
無事終了しました。

先ずはホッとしています。
でも、今回は本当に苦労しました。

実は、今回のシンポジウムは、
全てが決定し、チラシが印刷されたあとから
演者やテーマが変わるという
前代未聞の迷走をしてしまいました。
それには理由があります。

当初は瀬戸内寂聴さんと
ホリスティック医学協会の名誉会長である
帯津良一先生の対談をメインに据えましたが、
これは寂聴さんの健康問題により
あえなく頓挫してしました。

シンポジウムを開催する場合、
先ずは日程と会場を押さえなければなりません。
大物二人の演者をよぶのであれば
それなりの会場が必要だと考え、
今回のサーティホールを押さえました。

ここは1200人を収用できる大ホールですが、
過去に5回も使用経験があり、
ここを使うことには抵抗はありませんでした。

ところが、会場は押さえたものの、
考えていたメインの演者が来ないのであれば、
それに代わる演者やテーマが必要になります。

ここからが茨の道のはじまりでした。

実は、いろいろな事情があり、
環境=文化アクティビストの辻信一先生は
最初から決まっていました。

辻先生の専門である「環境」を
意識していたこともあり、
テーマや演者を選ぶにあたり、
多少の足かせになっていた可能性はあります。

だいぶ悩んだあげく、
テーマを「Spiritual Happiness
~何が人を幸せにするのか」としました。

演者は柏木哲夫先生と夏苅郁子先生が
引き受けて下さったので、
この二人に決定しました。

これで男性2人、女性1人が決定しました。
実はもう一人、インパクトのある女性を
呼びたいと思い、
吉本ばななさんと瀬尾まなほさんに
連絡を取りました。

しかし吉本ばななさんは、
テーマにそった話ができないという理由で、
瀬尾まなほさんは、
寂聴先生の健康問題が不安なので
先の予定は立てられないということで
両者ともに断られてしまいました。

思い悩んだあげく、
スタッフの一人から、
フラのYosei Maluhia辻さんを呼んで
パフォーマンス&トークというかたちで
やってもらうのは
どうかという提案がありました。

「動」の要素も入る方が
刺激的でよいのではと考え、
最終的にこの4人に決定したのが
6月末のことでした。

チラシを作成しHPも開設し、
申し込みを受けられる状態になったのが
7月中旬でした。

例年なら申し込みの受付を開始すると、
毎週、数十名の申し込みがあるのですが、
今回は毎週数名の申し込みしか
ありませんでした。

その結果、7月末までの申し込みが
6名しかいないという惨憺たる状況でした。
さすがに、これには焦りました。

こんなに反応が悪いのは何が問題なのか、
どうすればよいのかをみんなで話し合った結果、
テーマの見直しと、
もう一人、知名度のある演者に
来てもらうことにしました。

テーマは、わかりにくい英語を省き、
サブタイトルの「何が人を幸せにするのか」も、
もっと気を引く文言に変更することにしました。

その結果、
「ホリスティック幸福論
~こころ、からだ、いのちを幸せにする方法」
に変更しました。

そしてもう一人の演者ですが、
今から新たな人というのは難しいので
再度、瀬尾まなほさんと
交渉することにしました。

瀬尾さんの場合、
寂聴さんの健康状態が
先々どうなるかわからないという理由で、
講演を断られた経緯があります。

そうであれば、本番2ヶ月前ならば
ある程度見通しはつくので、
今なら講演を
受けてくれるのではないかという思いから、
再度交渉をしたところ
なんとか了承してくれました。

寂聴さんへの講演依頼のときを含めると
交渉は3回目でしたが、
あきらめない気持ちが大切だと
つくづく思いました。

テーマを変え、瀬尾まなほさんが、
スペシャルゲストとして
特別講演をして下さることになったため
急きょチラシとホームページを
作りなおしました。

しかしここでまた問題が生じました。
実は、少しでも集客につながればと思い、
講師の先生が他のところで行う講演の会場で
チラシを配らせてもらう許可をいただきました。

旧バージョンの地味なデザインのチラシに比べ、
新バージョンのチラシは
瀬尾まなほさんの写真を大きく取り上げ、
華やかで目立つチラシにしました。

ところが、その新しいチラシを見て、
夏苅先生から「心配です」というメールが
来たのでした。

と言うのは、夏苅先生の講演に来られる方は、
精神疾患をもった患者さんや
その家族であることが多く、
旧バージョンのチラシは
落ち着きがあってよかったのに、
新しいチラシは明るすぎて雰囲気が合わないと
言われてしまったのです。

瀬尾まなほさんは
スペシャルゲストという位置づけだったので、
あえて目立つようにしたのですが、
言われてみれば
少々目立ちすぎの感がありました。

そこで、夏苅先生関連の講演会では
旧バージョンのチラシを配ることにし、
また、もう少し瀬尾まなほさんを抑え気味にし、
文字の色やデザインを多少変更したチラシを
再度作り直しました。

ですから、チラシは3種類存在し、
ホームページも3回作り直したことになります。

そんなこともあり、
チラシとチケットに書いてある
テーマやデザインが
全然違うという珍現象まで
起こってしまったのです。

そんなことで8月もバタバタしており、
8月末でも、まだチケットの申込みは
30名程度でした。

一方でスタッフの人たちも
身近な人に対しては手売りでチケットを
売ってくれていました。

本番1ヶ月前の9月に入ってから、
ようやく申し込みが増えてきて、
毎週20名程度の申し込みがあり、
最終では118名になりました。

またスタッフの手売り分が
114枚ありましたので、
チケットは合計で254枚
売れたことになります。

当初の目標が500名でしたので、
実際にはその半分でしたが、
最初の悲惨な状況を考えると、
よくここまで持ち直したと思います。

シンポジウム開催の裏では
こんなバタバタ劇が展開されていたのでした。

何はともあれ、
ご協力頂いた方々、
シンポジウムに来て下さった方々、
心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。



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ホリスティック医学シンポジウム開催!

2019年09月25日08:35

いよいよ10月6日に大阪で開催される
ホリスティック医学シンポジウムの本番が迫ってきました。
現在、その準備に追われています。

テーマは、
「Spiritual Happiness(ホリスティック幸福論)
~こころ、からだ、いのちを幸せにする方法」
です。
https://www.holistic-kansai.com/2019sympo/

もうひとつのブログで、
各演者の詳細についてはご紹介したので
興味のある方はそちらを見ていただくとして、
ここでは違った視点から各演者を紹介させて頂きたいと思います。

瀬戸内寂聴さんの美人秘書である瀬尾まなほさんには、
「寂聴先生に教えてもらった幸せになるためのコツ」という演題で
特別講演をしてもらいます。

瀬尾さんは6月に結婚され、
いま幸せに真っ只中にいるのではないでしょうか。
講演の最初には、寂聴さんとの生活を映した8分程の映像も
見せていただけるとのことで、これも楽しみです。

以前から、寂聴さんに自分の子供を見せたいと言っていたので、
もしかしたらすでにおめでたということも考えられます。
もしそうであれば、当日教えてもらえるかも知れません。

また、淀川キリスト教病院の柏木哲夫先生には
「ホスピスケアから見える幸せのかたち」というテーマで
お話しをして頂きます。

先日、がん患者さんの会で
柏木先生が講演をされるとのことで、
ご挨拶がてらお伺いしてきました。

それにしても柏木先生はユーモアがあります。
ホスピスでは多いときには1日に4~5人の患者さんが亡くなります。
そんな日々が続くと、さすがの柏木先生も
重い空気に押しつぶされそうになるようです。

そんな時に出会ったのが川柳で、
これにより心が和み、救われたとおっしゃっていました。
以来、川柳を作り続け、新聞に投稿し掲載されたものも
50以上あります。

「腹割って 話してわかった 腹黒さ」
「いい匂い 客が造花の 鉢に言う」
「いい人だ だが悪いときに 現れる」
「表紙には 親展とある ファクシミリ」

当日の講演でも、
いくつか川柳を交えながら、
様々な幸せのかたちがあることを
お話し頂けると期待しています。

児童精神科医の夏苅郁子先生は、
今回のシンポジウムの開催に当たり、
多大なるご協力を頂きました。

夏苅先生は、この1ヶ月で4回ほど
関東や関西で講演をされるほどの人気者です。
もっとも多くは、精神科関連の患者会やその家族向けですが、
そこで今回のシンポジウムの案内をして下さったり、
チラシも配って下さいました。

ご自分がとても辛い経験をされている夏苅先生ですが
人との関係や言葉で傷つき、憎しみ、虚無感は、
その後の人との関係や言葉で癒され勇気をもらったと言います。

自分が精神科の患者になったときに、
医者から出される大量の薬にずいぶんと苦しんだ経験もあり、
その経験から、薬や医者ではなく「人との関係」が
患者さんを癒し助けるということを実感し、
今はご自分の診療所でご主人と一緒に
日々の診療やケアに当たられています。

夏苅先生の講演は、不幸のどん底から
どのようにして癒され、救われたかという実体験に基づく話ですので
説得力があります。
直接本人から、その話を聴けるのが今から楽しみです。

もう一人の演者は、文化人類学者の辻信一先生です。
今回の演者の中では、異質の存在と言ってもいいでしょう。
辻先生は、スローライフとかスローメディスンといったことを提唱され
それを実践されている先生です。

実は、辻先生の話には大変興味を持っています。
というのは、幸せを考える場合、
心の持ち方や考え方がとても重要であることは十分にわかりますが、
そこに大きな影響を与えるのが「環境」です。

環境と言っても、自然環境や住環境、社会環境、治療環境など
様々なものがありますが、
それらはすべて「つながり」と言い換えてもよいでしょう。

「環境」は人の心に大きな影響を与えているにもかかわらす、
医療でも心理の世界でもあまりそのことは強調されません。

今回の演者も、辻先生以外の方々は
個々人との「つながり」は強調されると思いますが、
広い意味での「環境」にまでは言及さる方はいないと思います。

だからこそ、辻先生の視点や考え方が
このシンポジウムのテーマである「幸せ」を考える上で
とても重要になってくると思っています。
その意味でも、辻先生の講演は楽しみです。

最後は、フラダンスとトークをして下さる
Yosei Maluhia辻さんです。
フラダンスと言っても、観光用のフラダンスではなく、
ハワイに古くから伝承されている精神的、神秘的で
スピリチュアルな存在の古典フラです。

講演ばかりが続くので、
途中、少し趣を変えたものを挟んでもよいのではという思いから、
お呼びしました。

観光用のフラダンスはよく見ますが、
古典フラを見るのは初めてです。
神秘的な雰囲気を醸し出すという古典フラを
ぜひ見てみたいものです。

最後は、私が司会でパネルディスカッションをします。
演者の話を上手に絡ませながら、
いかに本質的な部分を引きだすかがポイントです。

毎回そうですが、自分が講演をするよりも
パネルディスカッションの司会の方がずっと緊張します。
実りある話し合いができるように
しっかりと司会を務めます。



会いたい人に会う

2019年08月20日19:06

先日、還暦を迎えました。
あれこれ若かった頃のことを考えていると、
そう言えば昔はよく、人に会いに行っていたなと
そんなことを思い出しました。

大学時代、つまり昭和60年前後くらいですが、
当時、流行っていた「ニューエイジサイエンス」にとても関心があり、
それに関連する本をいろいろ読んでいました。

ある時、とても感動した本があったので、
是非、その著者と会いたいと思い、
手紙を書いたことがあります。

その人にホリスティック医学に関心があると伝えると、
そうであれば上野圭一さんの方が適任だと言われ、
すぐさま上野さんを紹介してくれました。

上野圭一さんは翻訳家であり、
アンドルー・ワイルの「人はなぜ治るのか」という本を
訳された方で、その後も彼の本はすべて上野さんが訳しています。

結局、上野さんとのつながりから
ホリスティック医学協会が設立されることを知りました。
すぐさま入会し、以来30年にわたり、
この協会と歩みをともにしています。

他にも「タオ自然学」の著者であるフリッチョフ・カプラや
「生命潮流」の著者であるライアル・ワトソンも
当時は憧れの人でした。

ところが偶然、二人が来日し名古屋で講演することを知り、
いても立ってもいられなくなり、
平日でしたが大学の授業をさぼり、
一人名古屋に講演を聴きに行きました。

すると、会場に入ろうとすると、
田舞さんという方に偶然会いました。
田舞さんは、当時日本青年会議所(JC)の副会頭をされており、
数ヶ月前にセミナーでたまたま知り合いになった方でした。

ところが驚いたことに、
この講演会を主催していたのが東海地区のJCであり、
そこに田舞さんも応援に駆けつけたというわけでした。

すると田舞さんは
「カプラたちに会いに行くから一緒に行こう」と言うのです。
事情がよくわからないまま、田舞さんの後をついて行くと、
そのまま控え室に入って行くではないですか。

通訳を通してカプラやワトソンを紹介され、
一緒に写真も撮りました。

ただ単に講演を聴きに行こうと思っただけだったのに、
憧れの二人と会って写真まで撮ってもらうなんて
夢のようでした。
思いは通じるものですね。

もう一人、会いたいと思っていて実際に会った人がいます。
それは「死ぬ瞬間」の著書で有名なキュ―ブラ・ロスです。

本屋でたまたま、キュ―ブラ・ロスが行っているセミナーを
日本でも開催することを知り、
一度受けてみたいと思い、
本に書いてあった連絡先に連絡をしてみました。

このセミナーは、
心に苦しみを抱えている人が対象でしたが、
私はそのような悩みや問題は何もありませんでした。

ところが、セミナーの主催者の方と話をしたところ
スタッフとして参加してもらってもよいと
許可をくれたのでした。

さらに驚いたことに、
そのセミナーには今回、
キュ―ブラ・ロス自身が息子さんとともに
お忍びで来るというのです。

いや~これまた感動しました。
セミナーで実際のキュ―ブラ・ロスと会い、
いろいろ話を聴くことがでるなんて
思ってもみませんでしたので。

おまけにセミナー修了後、スタッフの何人かと一緒に、
名古屋駅でお茶を飲んだのもよい思い出です。

途中、トイレに立ち、戻ってきたキュ―ブラ・ロスが、
トイレが和式だっので
どうやって用を足したらよいのかわからなかったと、
笑いながら話をしていたのが印象的でした。

当時を振り返ると、私は本当に積極的でした。
とにかく、本を読んで感動すると、
すぐに著者に連絡をして会いに行っていました。

会ってどうするという目的があったわけではなかったのですが、
とにかく直接会って、もっと話を聴きたいという思いでいっぱいでした。

お陰で色々な人と出会うことができましたし、
学生の頃や医者になりたての頃は、
みなさん、喜んで会ってくれました。

しかし今はとてもそんなエネルギーはありませんし、
そこまでして直に会いたいという人もいません。

もっとも、会いたいと思う人がいても、
ほとんどの人は自分よりも年下であり、
こんなおじさんがと思うと、
なんか遠慮してしまいます。

そういう意味では、60年も経つと人は変わるものですね。
昔は本当に若かったと思います。
後先のことを考えずに行動し、向こう見ずなところがありましたが、
それが今の自分を作り上げているんだなとも思います。

これからは、今までたくさんもらった分、
今度は若い人たちに分け与えていけたらと思っています。
それが私の役割だと思っています。

そんなことを書きながら、
私もこんなことを考える年齢になったんだなと、
ちょっと複雑な気持ちになりました。



「緩和ケアの医療化」という問題

2019年07月12日16:42

先日、横浜であった日本緩和医療学会に行ってきました。
その中で、淀川キリスト教病院名誉ホスピス長の柏木哲夫先生が
「Science & Art」(科学と芸術)というテーマの講演をされたのですが、
これがとても印象に残ったのでそれについて少し書かせて頂きます。

柏木先生は、45年程前に日本で初めて
ホスピスプログラムをスタートさせた先生であり、
まさに「日本のホスピス緩和ケアの父」といえる存在です。

ご存じのように、
緩和ケアは主に終末期のがん患者さんの肉体的、精神的苦痛に対処し、
最後まで人間らしく、穏やかな時間を
過ごしてもらうための医療やかかわり、ケアを提供しています。

ところが近年、ある問題がクローズアップされてきました。
それが「緩和ケアの医療化」という問題です。
これはどういうことなのでしょうか。

以前は、がん患者さんの身体的苦痛のみならず、
死への不安や恐怖、残される家族への悩みや心配といったことにも
積極的に耳を傾け、少しで癒しがもたらされるように
様々な工夫や配慮をしていました。

また緩和ケアでのスタッフのあり方を表現した
「Not Doing, but Being」、
つまり「何かをするのではなく、ただ傍にいるだけでよい」という思いも、
誰もが当然のように持っており、
緩和ケアではそれが普通に実践されていました。

ところが、緩和ケア病棟が全国に広がり、
その存在が一般に知られるようになるにつれ、
状況は次第に変わってきました。

それはどういうことかと言うと、
通常の病棟と同様、身体面へのアプローチが中心となり、
その対応も薬物療法が主なものとなっていったのです。

もちろん心理的側面にも配慮はなされますが、
それは不穏やせん妄、うつといった
精神症状に対する薬物療法のような対応が中心であり、
本来の緩和ケアのあり方であった、
患者さんの思いに寄り添った、
心と心のかかわりやケアというものが
少なくなってきてしまったのです。

つまり、一般病棟のかかわりと
緩和ケア病棟でのかかわりとでは、
あまり大きな違いがなくなってきてしまったということです。
これが、いわゆる「緩和ケアの医療化」という問題です。

緩和ケアももちろん医療ですので、
モルヒネをはじめとする様々な薬剤を使いますし、
必要であれば腹水や胸水を抜くといった医療的処置もします。

でも、そのような身体的対処に加え、
患者さんを、一人の「人」としてかかわり、
悩みや問題に真摯に耳を傾け、
どうすれば少しでも最後の時間を
安心感や穏やかさをもって過ごしてもらえるのか、
そんなことを真剣に考えながら、
患者さんと日々かかわるということも重要なのですが、
それがあまり意識されなくなってきてしまったということです。

このことは、学会の雰囲気や発表内容、
シンポジウムの様子を見てもわかります。

緩和ケアの分野でもEBM(エビデンス・ベースド・メディスン)、
つまり科学的根拠に基づい医療の大切さが
強調されるようになってきました。
つまりこれはサイエンス(科学)の側面です。

もちろんこのような視点も重要ですが、
本来の緩和ケアの視点である、
患者さんの心に寄り添った丁寧なかかわり、
つまりアート(芸術)の側面も忘れてはいけないのです。

緩和ケアの分野では、サイエンスとアートの視点を
バランスよく持っていなくてはいけないはずなのですが、
そのバランスが近年、サイエンスの方に偏りすぎてしまい、
アートの側面が小さくなっている傾向にあるのではないかと
柏木先生はおっしゃっていました。
それは私も同感です。

もっとも、このような状況になってきたことには
いくつかの要因が関与していることもわかっています。
それは医療システムの変化や
患者さんの増加と、医者やナースの慢性的な不足、
スタッフの世代交代による緩和ケアへの理解の変化などです。

今は昔と違い、緩和ケア病棟に長期間入院しているということが
制度上、難しくなってきています。
逆に、緩和ケア病棟に入院した患者さんでも、
ある程度の期間が過ぎると退院を促すようになってきています。

医療システム上、また病院の経営上、
やむを得な側面もあるのですが、
そのような、仕組みや制度という枠の中で、
本来の緩和ケアのかかわりをし続けるというのは、
確かに難しいことです。

またナース不足は緩和ケア病棟に限った話ではありませんし、
緩和ケア医の絶対数の不足はいかんともし難い状況です。

当初、緩和ケアが立ち上がった頃の理念はすばらしかったのですが、
時代とともに、医療的ケアが中心となってしまい、
患者さんの傍に寄り添い、悩みに真剣に耳を傾けるといったかかわりが薄れ、
その結果、緩和ケアも一般の病棟と同じようになってしまったという、
「緩和ケアの医療化」は、確かに由々しき問題だと思われます。

柏木先生の話を聴いて、
この問題を何とかしなくてはいけないと、
思いを新たにした次第でした。



もうひとつの利尻・礼文の旅(前半)

2019年06月13日18:27

毎年1回、三泊四日の旅行をするのですが、
今年は利尻島と礼文島に行ってきました。

実は30年程前に北海道の病院で
3ヶ月だけ働いたことがあり、
その際、関西に戻る前の1週間を利用して、
利尻・礼文には行ったことはありました。

しかしその時は天候があまりよくなく、
楽しんだという記憶はありません。
今回はそのリベンジという思いも込めて旅に望みました。

初日は移動日であり、
朝8時過ぎに家を出て、名古屋まで新幹線で移動し、
そこから飛行機を乗り継いで稚内まで飛び、
夕方の6時には稚内のホテルにチェックインしました。

ホテルのすぐ傍にはJR稚内駅があるのですが、
ここが何ともユニークでした。
なんと「JR稚内駅」と「道の駅」が
同じ建物の中にあるのです。

道の駅は、道路に駅があってもいいじゃないか、
という発想からできたのですが、
それがJRの駅と一緒のところにあったら
道の駅の意味がないんじゃないの?と突っ込みたくなりました。

まあ、そんなことはどうでもいいとして、
先ずは夕食を食べようと、
ホテルの前にあった小さな居酒屋さんに入りました。
年配の女性が、メモ用紙に鉛筆書きで注文を書くような、
そんな地元の素朴なお店でした。

カウンターの席に座り、メニューを見ながら注文。
えいひれの唐揚げがお薦めだと言われたので、
とりあえずそれと、他にお造りなど数品を注文しました。

唐揚げにしたえいひれは初めてでしたが、
コリコリして結構美味でした。

焼き鳥もあったので、これも注文したのですが、
メニューには「1枚」と書いてあるのです。
焼き鳥1枚??とはどういうことかわからなかったのですが、
要は、焼き鳥を串に通しているのではなく、
お皿にバラバラと盛られているものでした。
所変われば品変わるですね。

また、地元の人はビールを注文する際、「生一」と言うそうで、
以前、観光客の人が「生中」と注文した際、
お店の人は熟考したあげく、生ぬるい焼酎を出したという
エピソードがあったそうです。
これも地方ならではの話ですね。

だいぶ酔いも回ってきた頃、
観光客らしい夫婦がちょうど私の隣に座ってきました。
ちょっと話かけてみると、
先日、利尻島一周55kmを走るマラソン大会があり
それに参加するために来たというのです。

しばらくその話しで盛り上がり、
酔った勢いに乗じて、
なぜか私も来年は挑戦してみるということになっていました。
どうなることやら。

旅行二日目はいよいよ利尻島です。
フェリーで利尻島に渡り、
すぐさまレンタカーを借りて、
6時間かけて島を一周しました。

あいにくの天気で、
お目当ての利尻富士は雲で覆われ見えませんでしたが、
途中、神居海岸パークに寄って
楽しみにしていたウニ取り体験はさせてもらいました。

ここは、本物のウニを自分で取り、
それをそのまま食べさせてくれる体験ができるところで、
ウニが大好きな私は、
ここだけは絶対に行きたい!と思い、
事前にしっかりチェックしていました。

本物のウニを触ったことがなかった私にとって
ここでの体験は初めてのことばかりでした。
また、スタッフの人がウニに関する驚きの事実も
色々と教えてくれました。

例えば、ウニのトゲトゲが動くことや、
水につけると管足という足をたくさんだし出し、
海中ではそれを使って移動すること、
いつも食べている黄色いところは卵巣だと思いきや、
精巣のこともあることなど、
初めてのことばかりでびっくりしました。

もちろん、取り立てのウニの味も最高でした!
生きたウニをその場で割って食べるというのが私の夢でしたから、
今日はその夢が叶い、大満足!

さらに、夜に泊まったホテルでもウニづくしの料理が出され、
そこでも、生きたウニを目の前で割って
食べさせてくれました。
ここでは黄色いところ(生殖巣)だけではなく、
内臓も食べられると言うので食べてみましたが、
これまたちょっと大人の味で、酒のあてには最高でした!

最後の〆がウニ丼でしたから、いや~満足、満足!
あまりに美味しかったので、ついお酒も進んでしまいました。
飲み代の追加料金が7,000円だったので、
オーナーも「よく飲みましたね~」と少々驚いていました。
(後半に続く)



プロフィール

黒丸尊治

Author:黒丸尊治
もともと心療内科医でしたが、縁あって今は緩和ケア医として仕事をしています。もともと、コミュニケーションや「心の治癒力」に大変興味をもっており、今はホリスティック医学にもかかわっています。どちらかというと、のんびり屋でマイペースです。あまり人と同じことをしたくないという、天の邪鬼なところあり。
ホリスティックコミュニケーション実践セミナーHPはこちら。
http://kuromarutakaharu.com

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